第56話
ふたりは未来への誓いのキスを交わす。
「愛しているわ」
「俺も愛している。結婚しよう」
固く抱き合ったセラフィナとオスカリウスは、薔薇園の柔らかな陽射しのもと、結婚を誓った。
ひっそりと薔薇のつぼみが、愛し合うふたりを見守っていた。
ほどなくして、バランディン王の居城は革命軍により制圧された。
王と王妃、そしてダリラ王女は亡命を図ったが捕らえられ、処刑された。
これまで重税に苦しんでいた国民は王家の滅亡を誰も悲しまず、むしろ圧政から解放されたと喜んだ。
そのとき喝采に湧く断頭台から、ほろりと大粒のダイヤモンドがこぼれ落ちる。
それはクレオパートラ王妃が死ぬまで握りしめていた最後の宝物であった。
王妃の女官だったブデ夫人はこっそりダイヤモンドを拾い上げ、密かに逃亡を図ろうとしたが、市民に囲まれて処刑場へ引き立てられた。
クレオパートラの浪費を許せなかった人々は、財宝を盗もうとするブデ夫人を処刑した。
その後、残されたダイヤモンドは革命の証明として、博物館に展示されることが決まった。
実は、革命の証とされたそのダイヤモンドこそ、アールクヴィスト皇国の皇女となったセラフィナが、バランディン王家へ寄贈した品であった。
セラフィナは強欲な王妃と義妹が、母の形見の宝石を要求したとき『将来、ダイヤモンドを贈る』と約束したのだった。
彼女は律儀にもそれを果たしたが、王家のもとには残らなかった。
今は博物館に展示されているダイヤモンドは、セラフィナが誘拐されたときに見つけた原石から取り出されたもので、ダイヤモンド鉱山発見の記念すべき第一号の宝石であった。
セラフィナの頭を叩こうとしたダイヤが皮肉なことに、愚かな王族の血を吸うという数奇な運命を辿ったことは、今はもう誰も知らない。
家族に愛されなかった不幸な王女は絶望の日々を過ごしていたが、口にした約束を叶えるために、異国の地で成功を果たした。
たとえダイヤモンドの原石であっても、目利きのある者が見なければ、ただの石ころである。みすぼらしかった王女のように。
この逸話を人々は『愚かなバランディン王』と対になるものとして、『聡明なアラサー聖女』という物語として語り継いだ。
聡明なアラサー聖女の伝説を聞かせよう、それは因果応報のものがたり……。
流麗な音楽とともに、語り部の声が今日も広場に響くのだった。
アラサー聖女は懐妊するまで氷の大公に溺愛される 沖田弥子 @okitayako
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