第4話

 王妃はセラフィナの死を望んでいる。

 セラフィナが王妃になんらかの害や損を与えたことなどないのだが、どうしてこんなにも憎まれなくてはならないのか不思議ですらある。

 溜息を押し殺したセラフィナは、前世を思い出した。

 こういうお局さま、会社にもいたなぁ……。

 あなたに給料をもらってるわけじゃないですよね。どうしてそんなに偉そうなんですか、と問いかけたい。

 王女セラフィナとしては、これまで王妃のいじめに我慢しているしかなかったのだが、前世の記憶を取り戻したので、せめて心の中でツッコミを入れられるのだけが救いである。

 そして前世と照らし合わせてみると、お局さまのような王妃がなぜ無害なはずのセラフィナを目の敵にするのか理解した。

 自分より若い女が憎たらしいのである。

 若いといってもセラフィナはアラサーなのだが、クレオパートラと比較すると、いつまで経とうが自分の娘ほどの年齢だ。

 おそらくセラフィナが前王妃の娘でなく、貴族の令嬢だろうが召使いだろうが、クレオパートラの近くにいたら、いじめの対象になるのではと思える。そういえば彼女は召使いに対して異常に厳しく、よく些細なことで罰を与えている。

 カルシウムが足りないのじゃないかしら?

 目線を上げて父を見ると、苛々した様子で召使いを叱りつけていた。

「ワインがこぼれたではないか! さっさと片付けろ」

「はい、ただいま片付けます。王さま」

 父は、これ以上セラフィナに話すことはなにもないようだ。王妃と第二王女の身勝手な話にも興味がないらしい。

 明日出立となると急だが、この国になんの未練もないので、反対する気もない。

 これからの住まいは粗末な小屋が、氷の檻に変わるだけだろう。

 アールクヴィスト皇国の女帝がどんな人かはまったく知らないのだが、いじわるな継母と義妹で鍛えられているので、それよりはましか同等ではないかと予想する。そう考えると、死なない限りどこでも生きていけそうな気がした。少なくとも他国へ行けば、二度と王妃と義妹のいじめを受けずに済むのだ。

 セラフィナは小さな声だが、はっきりと伝えた。

「それでは明日、アールクヴィスト皇国へまいります。父上、母上、今まで育てていただきまして、ありがとうございました」

 育てたとは言えないような毒親だが、一応は挨拶をしておく。

 父はいっさいこちらに目を向けない。召使いがこぼれたワインを懸命に拭き取っているのを、不機嫌そうに眺めている。

 クレオパートラはなぜか、柳眉をひそめた。

 ずるい猫のように双眸を細めるとき、王妃は何事かを企んでいる。

 だがすぐにナプキンをセラフィナに向けて無造作に振った。まるで虫を追う払うかのように。

「いつまで座っているの! なんて汚いんでしょう。おまえのような娘は潰れかけの小屋がお似合いよ。さっさと出ていきなさい」

 まだ料理は提供されていない。晩餐は始まってもいないのである。

 空腹を訴えるかのように、ぐうとセラフィナの腹が鳴った。

「あの、でも、家族と最後の晩餐を……」

「穢らわしい! おまえはただの汚い小娘よ! 家族なんて言葉を使わないでちょうだい」

 王妃の逆鱗に触れてしまった。

 かっとなったクレオパートラは眦を吊り上げ、甲高い声で捲し立てる。

 最後なので父がかばってくれはしないかと目を向けたが、やはり父はこちらに見向きもしなかった。

 義妹のダリラは、叱られたセラフィナをくすくすと笑って眺めている。

 家族などではなかった。この人たちが、初めからセラフィナにごちそうを食べさせてあげる気などないとわかっていたはずなのに、なにを期待していたのだろう。

 晩餐を諦めたセラフィナは静かに席を立つと、項垂れて食堂をあとにした。粗末な小屋で、いつもの乾いたパンと冷めたスープを食べるために。


 王宮の廊下をとぼとぼと歩むセラフィナの前に、恰幅のよい夫人が立ち塞がる。

「セラフィナさま。ちょっと、こちらへ」

 王妃の侍女であるブデ夫人だ。

 彼女はクレオパートラが幼少の頃から仕えている女官のひとりで、王妃の輿入れのときにレシアト国から随行してきた。砂漠の国の女官は気位が高いものなのか、バランディン王国を見下す発言がたびたびある。当然、セラフィナを王族扱いなどせず、彼女はきつくあたる。

「なにかしら、ブデ夫人」

「いいから来なさい。口答えするなんて生意気な!」

 今の返答が口答えとするならば、彼女にはなんと答えても怒りを買うのだと思える。

 ためらうセラフィナの腕を掴んで無理やり引きずると、ブデ夫人は召使いの控えの間に押し込んだ。

「そこで待っていなさい」

 命令すると、ブデ夫人はバタンと音高くドアを閉めた。

 狭いその部屋は主人の呼び出しを待つために、召使いが控えている場所である。ドアは廊下側と部屋側のふたつあるので、閉じ込められたわけではないが、立ち尽くしていることしかできない狭すぎる個室だ。

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