第3話

 セラフィナの挨拶には誰も応えない。

 この部屋は王の家族が食事をする食堂なのだが、各々が顔を合わせたのは久しぶりなのか、しらけた空気が漂っていた。

 黄金の衣装に身を包んだクレオパートラは、つんと顔を背けている。宝石のついた豪奢なドレスを着たダリラも、つまらなそうに唇を尖らせていた。

 それもそのはずで、クレオパートラとダリラはお気に入りの貴族たちと宴を開くのが好きなので、王とは食事をともにしないのだ。毎晩のように彼女の取り巻きたちが大騒ぎしている騒音が、セラフィナのいる小屋にまで聞こえてくる。

 ワインの入ったゴブレットを勢いよくテーブルに置いた父は、ぎろりとセラフィナを睨みつけた。

「いつまで立っているんだ。座れ」

「は、はい」

 一喝されたセラフィナは、皿とカトラリーがセットされた空席に着いた。

 そこはテーブルの末席で、父たちの腰かけている位置からは遥か遠い。セラフィナの小さな声は、とても父には届かないだろう。

 叩きつけるようにゴブレットを置いたので、父のそばのテーブルクロスはこぼれたワインが飛び散っていた。給仕のための召使いが片付けようと一歩を踏み出すが、思いとどまったようで身を引く。

 横暴な父に怒鳴りつけられることが、わかりきっているからだ。

 ただし、あとから片付けようとすると怒鳴られる。

 結局は怒鳴られ、召使いのせいにされるので、みんなは腫れ物にさわるように王に接しているのだった。

 そのような横暴な態度は王としての威厳を保つためと、父は判断しているのかもしれないが、セラフィナには納得しがたいものがある。

 まるで他者の評価を恐れるあまりに、偉ぶっている小物のように見えてしまう。

 このような父なので、セラフィナの味方になってくれるわけがないとわかってはいるのだが、晩餐に呼ばれたのはいったいどんな理由だろうか。

 なにも食べ物がない白い皿を見つめていると、父は口火を切った。

「セラフィナの養子縁組が決まった」

「……えっ?」

 その言葉に驚いたセラフィナは顔を上げる。

 輿入れではなく、養子縁組とはいかなる事情だろうか。

 父は淡々と説明した。

「アールクヴィスト皇国の女帝は子どもがいない。跡継ぎを欲しているため、セラフィナを女帝の養子として送り出すことにした。――いいな、セラフィナ。明日、出発しろ」

 突然告げられた父の命令に当惑する。

 アールクヴィスト皇国は、寒さが厳しい極北の国だ。代々、女帝が国を統治するという伝統があることはセラフィナも知っている。

 王や重臣がすべて男性のバランディン王国とは、しきたりが異なるらしい。この国では女性が地位の高い役職に就くだなんて、考えられないことだった。

 女帝の養子になるということは、もしかして私は将来の女帝になるの――?

 ところがセラフィナの展望を叩き壊すかのように、ダリラが鋭い声を発した。

「女帝の養子ですって⁉ それじゃあ、お義姉さまはいずれ女帝になるということなの⁉」

 まるでセラフィナが女帝になるのは許せないといわんばかりに、ダリラは不満を露わにする。

 義妹のダリラはセラフィナが不幸な目に遭うと楽しそうに笑い、逆に少々のいいことがあると怒り狂うという性質がある。

 以前、セラフィナの困窮を気の毒に思った召使いが、古着のドレスを提供したいと申し出たことがあった。それをめざとく見つけたダリラは、用意された古着をハサミで滅茶苦茶に切り裂いてしまったのだ。

 義妹は実の母親に溺愛されて恵まれた環境で暮らせるのに、なぜセラフィナを陰湿にいじめる必要があるのだろうかと、悲しい思いを抱えてきた。

 セラフィナはそんな義妹と仲良くしようと何度も試みたが、すべて徒労に終わっていた。

 ダリラは自分の周囲にいる同じ年頃の女性が得をするのが許せないという性格であり、生まれつきの器が小さいのである。癇癪持ちなのも影響している。

 ダリラをなだめるように、クレオパートラは猫撫で声を出す。

「そんなことはなくてよ、ダリラ。この娘が女帝になれるわけがありません。養子にして、女帝の子が生まれるまでの“つなぎ”にするだけよ。たとえ女帝が子を授からなくても、ほかに有望な女帝や皇帝の候補はたくさんいるでしょう」

「そうよね、お母さま。こんなに薄汚いお義姉さまが女帝になれるわけがないわよね。でも養子になるからには、可能性はあるってことでしょう?」

 ダリラは不服そうに椅子にもたれる。

 ふたりはセラフィナの未来を決める決定権が自分たちにあるかのように語っている。

 果たして、そうなのだろうか。

 セラフィナには他国の法律などはわからない。

 ただクレオパートラの言うとおり、いらない王女の使い道は、女帝の子が生まれるまでのつなぎとして養子にするという方法しか見当たらないように思えた。

 つまり、セラフィナは保険だ。

 うつむいたセラフィナの耳にわざと吹き込むかのように、王妃は揚々として語る。

「アールクヴィスト皇国は雪と氷に覆われているから、一晩外にいたら凍え死んでしまうのですって。この娘は必ずお払い箱になるわ。そうしたら行く末は凍死か、野犬の餌ね。バランディン王国へ戻ってくるのは許さなくてよ」

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