第41話
口にしたら、オスカリウスをここへ呼ぶことになる。
それでいいのだろうか。そこにオスカリウスの意思はあるのだろうか。
セラフィナが戸惑っていたとき、玄関の扉が音高くノックされる。
ふと、ジュペリエは首を捻った。
「あら? メイドが掃除しに来るには早いわね。ちょっと待っていてちょうだい」
席を立った彼は扉へ向かおうとするが、それより早くドアは開かれてしまった。
「失礼する」
招かれざる客として離宮へ踏み込んできたのは、エドアルドだった。
炎のような赤銅色の髪をなびかせる美丈夫の登場に、ジュペリエは後ずさる。
「あらやだ、エドアルドさまじゃない! 間近で見るとすごいイイ男……眼福だわ」
「ジュペリエ指導官。セラフィナへの講義は終わったのだろう? 次は営みとして、おれが呼ばれるはずだ」
エドアルドは自分が指名されると信じて疑っていないようだ。それとも、オスカリウスが指名されるのを防ぐために先手を打ったのだろうか。
どちらを選ぶかは、まだ決まっていない。
セラフィナが席を立って、そう告げようとしたとき。
エドアルドはジュペリエの大きな襟を掴み上げた。
「おれだな? そう言え」
「ちょ、ちょっと、レースが千切れちゃうわよ……!」
ジュペリエは華奢なので、体格差の大きいエドアルドに締め上げられるような格好になる。
とっさにセラフィナは、エドアルドの腕にしがみついた。
「お願い、乱暴するのはやめて!」
「やめてほしければ、おれを指名すると言うんだ。セラフィナ」
「そんな……」
どうしよう。
セラフィナがしがみついたところで、圧倒的な腕力の差により、エドアルドはびくともしない。ジュペリエはレースを千切られまいと、必死に両手で襟を押さえている。このままでは彼の首が絞まってしまいそうだ。
自分の心にそぐわないことは言いたくない。
けれど、そのためにジュペリエを犠牲にはできなかった。
セラフィナは唇を震わせながら、言葉を口にする。
「し、指名するのは……」
言いかけたそのとき。
ぐい、とエドアルドの肩を後ろから何者かが掴む。
大柄な彼の体が後方に吹き飛ばされた。強かに、床に体躯が打ちつけられる。
呆気にとられたセラフィナとジュペリエは、突如現れた男に目を見開く。
「オスカリウス……!」
「やだぁ、オスカリウスさまじゃない! あたくしを救ってくれたのね、ありがとぉ」
けろりとしているジュペリエに怪我はないようだ。
ほっとしたセラフィナは、オスカリウスに向き直る。
「ありがとう、オスカリウス。助かったわ」
「どういたしまして。エドアルドが無断で離宮へ向かったと、マイヤから報告を受けた。不穏なものを感じたので駆けつけたのだ」
地方から宮殿に戻ってきた彼は、いなくなったセラフィナの身を案じてくれていたのだ。
熱の籠もった双眸で見つめ合うふたりを、身を起こしたエドアルドが割り込む。
「なんたる侮辱……オスカリウス、どういうつもりだ!」
「エドアルドが暴力行為に及んでいるところを、見過ごせなかっただけだ。ジュペリエ指導官を脅して、きみはなにを約束させようとしていたか、俺の耳にも入っている」
エドアルドは顔をゆがめたが、すぐに嵌めていた手袋を外すと、オスカリウスの胸元に投げつけた。
ばしり、と上着を叩いた革の手袋が床に落ちる。
エドアルドはオスカリウスを指差した。その行為は最大限の侮辱にあたる。
「決闘だ! おれの皇女を奪おうとする貴様を、亡き者にしてやる」
セラフィナは息を呑んだ。
紳士が手袋を投げて決闘の申し込みをするとなると、拳銃での撃ち合いになる。
それはどちらかの死を意味する。
「望むところだ。俺も、どちらがセラフィナと結婚するべきなのか、はっきりさせようと思っていた」
オスカリウスは冷静に告げる。
彼は決闘を受けてしまった。
このような形で皇配を決めてよいものか。
慌ててセラフィナは声をあげる。
「待って! 決闘なんていけないわ。どちらかが死んでしまう」
ところがオスカリウスは、セラフィナを安心させるかのように微笑を見せた。
「心配いらない。俺は必ず勝って、あなたと結婚する」
「でも……」
ジュペリエは止めようとするセラフィナの肩を、ぽんと叩いた。
「無駄よ。紳士の決闘は、逃げたほうが負けになるわ。今さらやめにすることはできないのよ」
「……そんな」
ふたりに向き直ったジュペリエは、懐妊指導官として表情を引きしめる。
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