第49話

「あら? なにかしら」

 窓から眺めてみると、宮殿の正門から仰々しい馬車が列を成しているのが見えた。どこかの王族が訪問してきたのだろうか。

 荷物を積む馬車の車上には、衣装を入れるケースが膨れ上がり、いくつも積み重ねられていた。

 セラフィナがアールクヴィスト皇国を訪れたときは、着ていたドレス一着のみだったことを思い出す。

 衣装ケースなどは積んできたが、それはすべて侍女のブデ夫人の私物だったのだ。

 はっとしたセラフィナは、馬車のドアに見覚えのある刻印を見つけた。

 忘れもしない、あれはバランディン王国の意匠だ。

「どうして……」

 ということは、あの馬車は祖国からやって来たのである。

 今さらバランディン王国が、セラフィナになんの用があるというのか。それとも、もしかして、女帝へ謁見するために使者が訪れたのだろうか。

 それにしても、使者にしては仰々しい気がする。

 嫌なふうに鳴り響く胸に、セラフィナは手を当てた。

 やがて馬車の列は建物の陰になり、見えなくなる。

 深い息を吐いていると、扉がノックされて従者が姿を現した。

「皇女殿下に申し上げます。至急、謁見の間へお越しくださいますよう」

「……わかったわ」

 バランディン王国の者が訪れたのなら、国の出身であるセラフィナが顔を出すのは当然のことだ。

 セラフィナは凜と背を伸ばし、謁見の間へ赴いた。

 外国の使者を迎えるときや、公的な儀式などに使用される謁見の間に足を踏み入れるのは、セラフィナが皇女として認定された儀式のとき以来になる。

 今は儀式ではないので皇族や貴族たちは同席しておらず、玉座に座る女帝と側近、そして来訪者らしき女性のみが室内にいた。

 ところが、最奥の玉座のそばに控えている女性の姿を見たとき、セラフィナは息を呑んだ。

 彼女は、義妹のダリラではないか。

 どうしてバランディン王国に残った彼女が、ここにいるのか。

「ダリラ……どうして……」

 ちらりと意地悪そうな目でセラフィナを見やったダリラは、つんと顔を背ける。

 義姉であるセラフィナを無視すると、彼女は玉座に座る女帝へ満面の笑みを向けた。

「ヴィクトーリヤ女帝陛下に拝謁できまして、光栄ですわ。わたしはバランディン王国のダリラ王女でございます」

 猫撫で声の挨拶は、セラフィナが今まで聞いたことのないものだ。

 ダリラがまとっているドレスは胸元から裾まで、ずらりと無数の宝石が縫いつけられていた。数千着あるダリラの衣装の中でも、もっとも豪勢なドレスである。

 女帝は冷静に応じた。

「バランディン王国より、遠路はるばるご苦労でした。そなたは皇女セラフィナの義妹であり、第二王女だと聞いているわ」

「ええ、そうとも言いますわね。でも、わたしは現王妃クレオパートラの娘ですので、前王妃の遺児であるセラフィナより格上のはずですわ。それなのに、王は年齢のみで“第二王女”と格下であるかのような称号をつけたのです」

 ダリラは不満を訴えた。それをアールクヴィスト皇国の女帝に話しても仕方ないと思えるが。

 称号について格の違いなどないのだが、ダリラはなんでもセラフィナより上でないと納得できないのだろう。彼女は豪華なドレスや宝石に囲まれて贅沢をしていたというのに、それでもまだ不満をぶつけてくる。

 まったく変わっていない義妹に、セラフィナはひっそりと落胆した。

「称号を変更したいのなら、父王に訴えるべきよ。――それで、そなたがアールクヴィスト皇国を突然来訪した理由はなにかしら」

「そう、それですわ! 実は、わたしこそが女帝陛下の皇女となるべき王女だったのです。義姉を養子として送り出したのは、間違いだったのですわ」

 ダリラの言い分に、セラフィナは衝撃を受けた。

 間違いだったとは、どういうことだろう。

 なにも食事の出ない晩餐の席で、父王はセラフィナを女帝の養子にすると明言したのだ。ダリラも同席していたが、彼女から『自分が選ばれるはず』などという発言はいっさいなかった。それどころか、皇国の寒さでセラフィナが凍え死ぬことを、王妃とともに望んでいた。

 女帝も初耳らしく、眉をひそめている。

「間違いとは? バランディン王と交わした署名には、セラフィナ王女を養子にする代わりに、バランディン王国の銀鉱山を譲ると記載されているはずよ。そこにどのような間違いがあるというのかしら」

「銀鉱山なんて、どうでもいいんです。ただ、セラフィナではなく、わたしが皇女になるべきなんです。女帝陛下、どうかわたしを皇女にしてください」

 どうやらダリラは、両国で交わされた協定などはどうでもよく、皇女になりたいだけらしい。思いのほかセラフィナが恵まれていると知り、うらやましくなったのかもしれない。

 しかし、突然来訪して皇女にと望むのは無理がある。

 セラフィナはダリラに疑問を呈した。

「バランディン王国はどうするの? 玉座を守れるのは、ダリラしかいないのよ?」

「あんな国、もう……そうだわ、お義姉さまが継げばいいじゃない。わたしは皇女のほうがいいわ。時間がないんだから、邪魔しないで!」

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