第50話

 時間がないとは、どういうことなのか。

 セラフィナは首をかしげた。

 癇癪を起こしそうになったダリラだが、女帝の前なので気を持ち直して猫を被り直す。

「セラフィナなんかより、わたしのほうが美しいし、優秀ですわ。私と義姉を交換してくださればいいだけです。こんな人、祖国ではみすぼらしくて邪魔者扱いされて……」

「王の親書はあるのですか?」

 女帝の質問に、ダリラは虚を突かれたのか、ぽかんとした。

 養子を交換したいという提案は、ダリラの個人的な願いなのか、それともバランディン王国としての意思なのか、確認が必要である。王の提案ならば、当然直筆の親書を持っているはずだ。

 ところがダリラは唇をゆがめると、目を逸らした。かろうじて舌打ちをこらえている。

「父王の意思なのは間違いないのです! ただ……今は王国がばたばたしているので、親書を用意できなかったのですわ」

「つまり、親書はないのね」

「……ですから、ないのではなく、準備が間に合わなかっただけで、女帝陛下が父王に訊ねてくだされば用意できるはずですわ!」

 必死なダリラの言い分は、なにか知られてはまずいことがあるような気まずさを滲ませている。

 冷めた眼差しを向けた女帝は玉座にもたれた。

「近頃のバランディン王国は、革命軍との戦いに明け暮れているそうね。王が多忙なのは無理もないでしょうけど、国王の意思を確認しないわけにはいかないわ。王国に使者を出して親書を要請しますから、それまでダリラ王女は宮殿に滞在しなさい」

「ありがとうございます、女帝陛下」

 ダリラは不満そうに唇を尖らせたが、膝を少々曲げて女帝に礼をした。

 バランディン王国に早馬を向かわせて、その帰りを待つとなると、二週間ほどを要する。ひとまず、その間はダリラは皇国の宮殿に滞在することになった。

 それにしても、王国と革命軍との戦いはそれほど壮絶なものになっているのだろうか。

 セラフィナが祖国にいたときから、小規模の諍いは起こっていた。兵士を地方に派遣するので財政は逼迫する。その上、王妃とダリラの浪費により国庫が枯渇していた。

 そのためセラフィナと引き替えに銀鉱山を入手したわけだが、それにより資金不足は解消されたのではないか。高すぎる税金を引き下げれば、国民の不満もある程度は抑えらえるから、革命軍と話し合いに持っていくことも可能なはずだ。

 もとより父王から疎まれていたので相談されたことなどないが、祖国の情勢がどうなっているのかは気になる。

 ドレスを翻し、さっさと謁見の間から退出しようとするダリラに、セラフィナは問いかけた。

「ダリラ。バランディン王国のことなのだけれど、国内の情勢はどうなっているの?」

「さあ? 偉そうにしないでよね。そんな豪華なドレスなんか着て!」

 ダリラはまるでセラフィナを敵のように睨みつけた。

 どん、と肩でセラフィナを押した彼女は、去り際に独りごちる。

「ま、二週間くらいあれば、なんとかなるわね」

 いったい、なんのことだろう。

 不穏なものを感じるが、セラフィナにはどうしようもなかった。


 ダリラが宮殿に押しかけてきてから一週間が経過した。

 さぞ義妹は嫌味を言ってくるのかと思ったが、彼女はなにやら忙しいようで、頻繁に宮殿を出入りしてはどこかへ出かけていた。

 ダリラは王国から侍女を幾人も連れてきていたが、日が経つごとに減っていった。中には皇国で雇ってほしいと嘆願する者もいた。聞けば、王女は大変わがままで、侍女を無能だと罵り、頬を叩くなど暴力を振るっているのだという。

 ダリラがそのような性質なのはもとからなのだが、「王女の怒りが収まらない理由があります」と、侍女は証言した。

 侍女頭として王国からブデ夫人が付き添ってきたのだが、皇国との国境で憲兵に止められたのだ。

 アールクヴィスト皇国を国外退去処分になったブデ夫人は、再び入国することができない。それなのに夫人は、クレオパートラ王妃の『特別にブデ夫人の入国を許可する』という親書を掲げて、長時間にわたり憲兵と揉めたのだという。

 結局王妃の署名入りの親書は無効とされ、入国できなかったブデ夫人は引き返したそうだ。

 頼りになる者がそばにいないので、ダリラ王女は不満を募らせていると思われる。

 それらの情報を、ダリラから暴行を受けて王女付きを辞めた侍女は切々と語った。

「王妃は、セラフィナさまが幸せに暮らしていると知り、大変お怒りでした。ブデ夫人に『なんとしてもセラフィナを亡き者にしなさい』と命令しているのを、わたしは聞いてしまいました」

「そう……。打ち明けてくれて、ありがとう。これからは私の侍女として勤めてちょうだい」

 すべて話し終えた侍女は深く腰を折った。セラフィナは深い溜息を吐く。

 王妃は未だに、前王妃の娘であるセラフィナを憎んでいるのだ。

 彼女はセラフィナの死を望み、それを叶えるべく、腹心のブデ夫人を派遣したのだろう。

 だが、ブデ夫人は入国していないのだから、なにもできないはずだ。ダリラも、今さら皇女にしてほしいと嘆願しても無理がある。彼女はバランディン王の唯一の王女となるので、いずれ結婚して夫に王位を継がせるという役目がある。それを放り出すわけにはいかないはずなのに。

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