第45話
セラフィナの胸に不安が広がる。それを吹き飛ばすかのように、ジュペリエは明るく言った。
「エドアルドさまが今夜、離宮で夜伽を行うわけね。楽しみだわぁ」
苦々しい顔をしたオスカリウスとは対照的に、エドアルドは得意気に口端を引き上げていた。
――決闘が行われたその日の夜。
セラフィナは離宮の豪奢な一室で、ソファに腰かけ、じっとしていた。
身にまとっているのは、幾重にもフリルとレースに彩られた純白のネグリジェ。
寝室には天蓋付きのベッドが鎮座していて、薄い紗に覆われている。
薄い紗の向こうには真っ白なリネンと、ふたつ並んだ枕がそろえられていた。
それを目にしたセラフィナは、深い溜息を吐く。
どうしよう……。
心は未だに整理がついていなかった。
エドアルドに好意を抱いていないので、彼の夜伽は受け入れがたいものがある。
けれど、決闘の結果は覆せない。立会人であるアレクセイが下した判定は絶対だ。
そもそも女帝の計らいにより、ふたりとも怪我がなく決闘を終えることができたのだから、この結果は喜ばしいものだ。セラフィナがエドアルドを好きではないからといって、夜伽を中止にすることはできない。
皇女として、受け入れなければ……。
そう思うほど、体は強張ってしまう。
もうすぐ支度を整えたエドアルドが、離宮を訪ねてくるだろう。
どきどきと、鼓動は嫌なふうに脈打った。
――オスカリウス……会いたい。
ここから連れ出して、一緒に逃げてくれないだろうか。
そんなことがあるわけないとわかっているのに、オスカリウスに会いたいと願うほど、セラフィナの胸は締めつけられるように痛んだ。
そのとき、かちりと扉が開く。
セラフィナは、びくっと肩を跳ねさせる。
「あ……ジュペリエ。どうかしたの?」
顔を見せたのはジュペリエだった。
彼はつい先ほど、笑みを浮かべてセラフィナを励ましてくれたのだが、今はなぜか苦い顔をしている。
「あー……あのさ、あたくしは懐妊指導官として、セラフィナの幸せを願っているのよ。わかる?」
「? ええ、わかります」
小首をかしげていると、ジュペリエは後ろ手に持っていた靴とコートを出した。
それらはセラフィナのものだ。
「どうして、靴とコートを? 今から外出するの?」
「だからね、気持ちが盛り上がらないと懐妊もないと、あたくしは思うわけよ。もしかしたら外出するかなーっていう、可能性をあたくしは考えただけなんだからね!」
座っているセラフィナに靴とコートを押しつけたジュペリエは、素早く部屋を出ていった。
彼がなにを言いたいのか、いまひとつわからない。
「外を散歩しなさいということかしら……?」
カーテンを開けて窓の外を覗いてみる。
すると、煌々と月が輝いていた。
「まあ、綺麗……」
天空から光を放つ月は、冷たくも美しい。
見惚れていた、そのとき。
さらりと木立をかき分けて、マントを翻した月の騎士が現れた。
「……えっ⁉」
セラフィナは驚きに目を瞬かせる。
白銀の髪を月明かりに煌めかせた騎士は、優しい微笑みを浮かべて、こちらに手を振った。
「オスカリウス……!」
月の騎士と思った男性は、オスカリウスだった。
――会いたかった。
彼の姿を目にした瞬間、熱い想いが胸から溢れる。
私はオスカリウスに恋している。彼しか、結婚相手として考えられない。
そうはっきり自覚した。
でも、どうしてオスカリウスがここにいるのだろう。まさか彼を恋しいと思うあまりに月の光が見せた幻だろうか。
どきどきと胸を高鳴らせたセラフィナは、窓を開けた。
暖炉で温められた室内に、冷気が吹き込む。
「セラフィナ、迎えに来たよ」
甘く、蕩けるような声で名を呼んだオスカリウスは、華麗に柵を乗り越える。
そうして彼は窓辺にやってきた。
紺碧の瞳はまっすぐにセラフィナに向けられている。
セラフィナは震える手で、オスカリウスの白銀の髪に降り積もった雪の粉をそっと払い落とした。
「これは夢かしら……。オスカリウスに会いたいと思ったら、彼にそっくりな月の騎士が現れたわ」
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