第40話
告白する覚悟はある。
セラフィナが自分に好意を持ってくれているという自信もあった。
だがもし、国のためを考慮して、オスカリウスは保険庁の副総裁に、エドアルドは皇配になどという役職を与えて事態を収めるということになったらどうすればいいのか。
その恐れが、行動を鈍らせたのだ。
オスカリウスは後手に回ってしまったことを察し、嘆息する。
そんな彼に、マイヤは問いかけた。
「どういたしましょうか。セラフィナさまを連れ戻しますか?」
「いや、陛下の方針に逆らうべきではない。ジュペリエ指導官は幾人もの皇族を指導してきたベテランだ。彼の指導に任せて、呼び出されたら応じるという形でいいだろう。マイヤはエドアルドの動向を探ってくれ」
「了解しました」
退出するマイヤを見送ったオスカリウスは、考えを巡らせる。
ひとまず、保険庁の仕事についてはひと段落している。
セラフィナが離宮にいるのなら、彼女の身に心配はないだろう。ジュペリエ指導官は男性だが、職務に忠実で女帝の信頼を得ている。
この機会に、エドアルドと決着をつけてもよいかもしれない……。
嘆息したオスカリウスはセラフィナのいない執務机に、そっとてのひらを滑らせる。
「愛しい人……。あなたの心を手に入れるには、なにを差し出せばいいのだ。やはり、俺の、命か……」
低いつぶやきは、誰もいない部屋に溶けて消えた。
◆
ぐったりとしたセラフィナはベッドに突っ伏した。
一週間、みっちりと閨房の作法をジュペリエから叩き込まれたが、あまりのスパルタに学習したことが追いつかない。寝る時間と食事の時間以外はすべて講義と実地なので、疲労困憊である。
「つ、疲れた……」
実地用のベッドで休憩を取っていると、パンパンと鬼指導官の手を打つ音が耳に届く。
「はい、だらだらしない! 貴婦人たる者、いかなるときでもだらけないものよ。いつでも殿方が見ていると心得てちょうだいね」
「……体の節々が痛いの。本当に実地で行ったことは役に立つのかしら?」
講義は教本をなぞるものだが、実地は男性と隣同士で座ったときの距離の取り方から始まり、会話の方向性や表情の見せ方、ボディタッチのタイミングなどを教わった。そこまではよいとして、さらにベッドでは行為のときの体位を実際にやってみるのだ。もちろん、ネグリジェを着たままではあるが。
かなりアクロバティックな体勢もあり、セラフィナは筋肉痛になってしまった。
実際にこんなポーズをするのか疑問を抱きながら、すべての体位をこなしたのである。
腕を組んだジュペリエは自信に満ち溢れている。
「あたくしに『役に立つんですか』と聞くのは、賢者に『なんか違わないですか』と訊ねるのと同義ね」
「私が物事の本質を見抜いていないということですね。わかります」
「その通り。必ず本番で活かせるから、自信を持ってね」
「……ご指導、ありがとうございました」
「なに言ってんのよ。まだ全然終わったわけじゃないから。練習しただけで懐妊できたら誰も苦労しないのよ!」
「というと……」
身を起こしたセラフィナは目を瞬かせた。
ジュペリエとともに談話室へ戻ると、紅茶を淹れてひと息つく。
薔薇模様のティーカップを優雅に持ったジュペリエは、思案深げに眉をひそめていた。
「セラフィナには、ふたりの皇配候補がいるわよね」
「ええ、そうね」
「このあとの流れとしては、ふたりのうちのどちらかを、この離宮に呼んで行為に至ることになるわ」
「えっ……こ、ここで……」
かぁっと頬を朱に染めるセラフィナにかまわず、ジュペリエは言葉を綴る。
「期間は一か月だから、ふたりとも呼ぶわけにはいかないのよ。三人でことに及んだら、懐妊したときにどちらが父親かわからなくなっちゃうでしょ? あたくしは両方とも皇配にすればいいんじゃない? と思うけどね。セラフィナの性格を考えると、やっぱりどちらかを選んだほうがいいわ」
セラフィナはオスカリウスが好きなので、選ぶのならオスカリウスしかいない。
けれど、彼としては皇配という地位を得るために、義務としてセラフィナと営みを行うのだろう。
それは悲しかった。
愛されてもいないのに、行為だけをしたくない。
セラフィナが肩を落としているのをカップの湯気越しに見たジュペリエは、小さく溜息をつく。
「あんたには好きな人がいるんでしょ? どっちなの? 言っちゃいなさいよ」
「……それは」
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