第16話
ドアを開けると、床にドレスが散乱していた。
しかもどれもが滅茶苦茶に引き裂かれ、着られない状態にしてある。
「どうしてこんな……!」
それだけではない。花瓶が倒されて、活けられていた薔薇と花瓶の水がドレスにぶちまけられていた。
クローゼットは空だった。
女帝から贈られたすべてのドレスが、クローゼットから引き出され、無残な姿にされたのだ。
「儀式用のドレスは……」
トルソーに目を向けると、儀式用として飾っていたアイスグリーンのドレスがない。
先ほどまで、確かにあったはずなのに。
ぐちゃぐちゃに床に打ち捨てられていたドレスのひとつひとつを拾い上げてみると、アイスグリーンのドレスは見つかった。
ただし、細かく千切られた形に変貌しており、縫い合わせたとしても、とても着ることはできない。
「どうしよう……儀式は数日後なのに……」
呆然としていると、背後から大げさに驚く声が聞こえた。
「なんてことでしょう、セラフィナさま! いったいなにをなさっているのです」
ブデ夫人である。
夫人はセラフィナを部屋から追い出したあと、ひとりになる時間があったはずだが、今までどこへ行っていたのだろうか。
「私が部屋に戻ってきたときには、この状態になっていたのよ。ブデ夫人、なにか知らない?」
「なんですか、わたくしのせいだとでもおっしゃるんですか⁉ 証拠でもあります?」
「そんなことは言っていないわ。ただ、私が部屋を出てから、ブデ夫人はひとりになったわよね。そのときに、誰かが訪ねてこなかった?」
なぜかブデ夫人は誇らしげな嗤いを顔に浮かべていた。ほかの人の不幸を喜ぶかのような、いやらしい笑みである。
皇女となるセラフィナの部屋が荒らされたら、その責任はブデ夫人に生じるはずなのに、なにが楽しいのだろう。
「そういえば侍女が訪ねてきましたわね。その侍女が花瓶を倒したのでしょう。薔薇の棘でドレスが切れたのでは?」
「この薔薇には棘がないのよ。ほら、見て。ないでしょう?」
オスカリウスが怪我をしないようにという配慮から、薔薇の棘を削いでくれたのだ。
薔薇の一本を取って掲げるが、ブデ夫人はおもしろくなさそうに目を逸らす。
「それにクローゼットとトルソーから勝手にドレスが床に落ちるわけはないわ。誰かが、ばらまいたのよ。ドレスの切断は、ハサミのような鋭利なもので引き裂かれているわ」
「あの侍女の仕業でしょう。わたくしの責任ではありませんから!」
「では、その侍女を教えてちょうだい。なぜこんなことをしたのか、理由を訊ねるわ」
すると、ブデ夫人は魔女のようなゆがんだ顔つきをした。
きつくセラフィナを睨みつけ、声を荒らげる。
「とんでもない! 皇国側に知られてはなりません。セラフィナさまが心神喪失の状態にあることが、明らかになっては困りますよね⁉」
夫人の言い分に眉をひそめる。
皇女となるセラフィナの部屋が荒らされたら、警察が介入する重大な事件のはずだ。
それなのにブデ夫人は怪しい侍女がいたことを知りながら、隠蔽へ持っていこうとするのはなぜなのか。
セラフィナが心神喪失の状態ではないことは、彼女がよく知っているはずである。そもそもセラフィナが病気だというのは、ブデ夫人が皇国側の侍女を断るときなどに都合よく使っている勝手な言い分である。
もしかして……と、セラフィナの脳裏にひとつの可能性がよぎる。
この凶行はブデ夫人の仕業ではないか。
犯人から話を逸らそうとする言動や、ふらついている主張、そしてなによりも夫人はセラフィナが女帝の養子になることを快く思っていない。
儀式用のドレス及び、ほかのドレスもすべて破棄すれば、セラフィナは儀式に参加できなくなる。
ブデ夫人がこの部屋で黙々とドレスを切り裂いたのかと思うと、彼女のゆがんだ執念に、ぞっと背筋が震えた。
だが確かに、証拠はない。
夫人の言う通り、泥棒が入ったと警察に訴えて騒ぎになったら、汚点のついている皇女とみなされるかもしれない。儀式の前でもあるので、ことを大きくするのは避けたかった。
「陛下の耳に入ったら、心配されるわね……。人を呼んで犯人を捜すのは、やめておくわ」
セラフィナがそう言った瞬間、にたりとした笑みをブデ夫人は見せる。
やはり……と思うが、今は追及しても夫人はしらを切るだけだろう。一番の問題は儀式用のドレスがなくなってしまったことだ。
しかもことを公にしないと決めたからには、『誰かに切り裂かれたので代わりのドレスを用意してください』と皇国側に頼むわけにもいかない。
無駄だとは知りながら、セラフィナは愉快そうな笑みを見せているブデ夫人に訊ねた。
「ほかにドレスはあるかしら? このままでは儀式に参加できないわ」
「あらあら、困りましたねえ。セラフィナさまが大切にしていたドレスはわたくしが捨ててしまいましたし。下着姿で参加したらよろしいのじゃありませんか?」
ブデ夫人は楽しそうにセラフィナが傷つくことを述べた。
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