第18話
夫人へ向けた先ほどの不遜な笑みとはうって変わり、マイヤは表情を引きしめた。
「セラフィナさま。わたしは、あなたさまの味方です。今は詳しいことは申し上げられませんが、セラフィナさまの御身に害が及ぶことはわたしが防ぎますので、ご安心ください」
「……あなたは、いったい……?」
もしかしてマイヤは、ブデ夫人がセラフィナになにをしているのか、すべて承知なのだろうか。
セラフィナの疑問に、彼女は薄い笑みを見せただけで答えは返さなかった。
ややあって、宮殿の一室へ辿り着いた。
「お待たせいたしました。セラフィナさまを、お連れしました」
ドアを開けてマイヤが頭を下げる。
すると、室内に待機していた複数のお針子と職人風の男性が礼をした。
彼らのそばには、トルソーに飾られたいくつものドレスが燦然と輝いている。
「これは……あなたがたが、私を呼んだ客人なの?」
そこへ、ジュストコールを颯爽と翻したオスカリウスが姿を現す。
「セラフィナを呼び出したのは、俺だ。急遽、こちらの準備を行ったので忙しくてね。マイヤを遣わせて申し訳ない」
「いいえ……呼び出してくれて助かったわ。それで、このドレスはどうしたのかしら?」
オスカリウスは紳士的にセラフィナの腰を取り、数々のトルソーに飾られたドレスの前に導く。
「あなたに贈り物をしたいんだ。これらのドレスを受け取ってほしい」
セラフィナは驚いた。
なんという偶然だろう。
ドレスをすべて失った直後に、新品のドレスを贈ってもらえるなんて。
これらのドレスがあれば、儀式に参加できる。トルソーがまとっているドレスの中には、儀式用に用意していたものとよく似たアイスグリーンのドレスがあった。
「薔薇とカードもいただいたのに……いいのかしら」
「もちろんだ。世界中のドレスを贈りたいのだが、宮廷専属の仕立屋は、今すぐとなるとこれしかないと言うものだから、数着しか用意できなかった」
「これだけで充分よ。本当にありがたいわ」
どうやらオスカリウスは、急にドレスを贈ることを思い立ったらしい。
まさか彼が先ほどの出来事を知っているとは思えないので、素敵な偶然ということだろう。
「これらのドレスだけでなく、オーダーメイドのドレスも贈りたいな。この中には、セラフィナの好きな青色がないからね。ただ特注品となると、完成は一か月ほど先になってしまう」「それで仕立屋を呼んでくれたの? 嬉しいわ」
偶然ではあるが、オスカリウスはドレスのないセラフィナの危機を救ってくれた。彼が思い立ってドレスをプレゼントしてくれなかったら、儀式に下着で参加しなければならないところだった。
そのうえ、セラフィナの好きな青色のドレスを贈りたいと申し出てくれるなんて、これ以上ない幸福だ。
セラフィナが台の上に立つと、お針子たちが立ち回り、体のサイズをメジャーで測る。
それから、どのようなドレスの形がよいか仕立屋と相談する。
オスカリウスはセラフィナの意見を尊重し、そばにいて見守っていた。
ドレスをプレゼントしてもらえることも嬉しいのだけれど、なによりセラフィナの心をほどいたのは、オスカリウスやその周りの人々が親切に接してくれることだった。
マイヤとやり合った一件以来、ブデ夫人はおとなしくなった。
相変わらずセラフィナに小言を述べてはくるものの、その声は一段小さい。
女帝からの贈り物を破損した犯人がブデ夫人だと明らかになったら、彼女は投獄される可能性がある。マイヤが証拠を掴んでいるかのように匂わせてきたので、夫人はそれを恐れているのだろう。
セラフィナは穏やかな数日を過ごせた。
そして、いよいよ女帝に謁見する儀式の日がやってくる。
儀式を通過すれば、正式な皇女として内外に認められるのだ。
セラフィナは緊張を滲ませつつ、オスカリウスから贈られたアイスグリーンのドレスに身を包む。着替えは、女帝からの指名だというマイヤが行ってくれた。
「お美しいです。セラフィナさま」
「ありがとう、マイヤ」
誇らしく背を伸ばし、前を向く。
もう、腰をかがめて背を丸めていた惨めな王女はどこにもいない。
微笑みを浮かべて堂々と、セラフィナは謁見の間へ赴いた。
壮麗な謁見の間は、白亜の大理石の床と柱が眩く輝き、真紅の絨毯が敷かれている。
その先の玉座に、女帝ヴィクトーリヤが鎮座していた。彼女の頭には、煌めくダイヤモンドがちりばめられた王冠が乗せられている。アールクヴィスト皇国の代々の君主のみが戴冠することを許された、女帝の証だ。
セラフィナも女帝になる日が来たなら、白銀に輝く王冠を戴くことになる。
その覚悟をもって、一歩一歩を踏みしめた。
絨毯の両脇に豪奢な衣装で佇む皇族や貴族、大臣たちの視線を受ける。
そして彼らの先頭にいて、こちらに熱い目線を向けているのはオスカリウスだ。
女帝の甥であり、セラフィナの皇配候補である彼も、儀式に参列している。
目で挨拶を送ったセラフィナは、オスカリウスが顎を引いて、小さな頷きを返してくれたのを受け取る。
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