第42話
「それじゃあ決闘に勝ったほうが、セラフィナの夜伽をするってことで、いいわね?」
「ああ。それでいい」
「おれが勝つに決まっているからな」
オスカリウスとエドアルドは承諾した。
ふたりが決闘することになってしまい、セラフィナは目眩を起こした。
ふたりの大公が決闘をするという噂は瞬く間に宮廷を飛び交った。
無論、女帝の耳にもそれが入る。
セラフィナは『もしかしたら、陛下が止めてくれるかもしれない』と期待を抱いていたが、それは無残に打ち砕かれた。
なんとヴィクトーリヤは決闘を推奨したのだ。
大公たちはどちらも、女帝の甥である。つまり決闘が行われたら、ふたりのうちのどちらかは、ほぼ確実に死に至るのだ。弾の当たりどころによっては命だけは助かるかもしれないが、それでも重傷になることは必至。
セラフィナは離宮を訪ねたアレクセイから決闘の推奨を聞かされ、重い溜息を吐いた。
「なんてことなの……」
ジュペリエに紅茶を提供されたアレクセイは、悠々とティーカップを傾けている。
「セラフィナさまが気に病むことはありません。決闘するのは、あなたではないのですから。結果を見守ればよいだけです」
「あのね……。ふたりは命をかけているのよ。どちらが勝っても負けても、大変なことになるわ」
闘うのが自分ではないからといって、悠然と結果を待っているわけにはいかない。
決闘の期日は、二日後だ。
オスカリウスが死ぬようなことになったら、セラフィナも生きてはいけないという切迫したものが胸にある。
けれど、エドアルドが亡くなっても困る。
誰かの死の上に立つ幸せな結婚など、あるはずがないと思うから。
「もっと早く、私が指名していれば、こんなことにはならなかったのかしら……」
後悔するセラフィナを横目で見たジュペリエは嘆息した。
「あんたにも思うところがあるでしょうけどね。どちらかを指名しても、めでたしめでたしで収まらなかったはずよ」
「え……どうして?」
「指名されなかったほうが納得するわけないからよ。皇配の地位を得られなかったばかりか、皇女殿下のお気に入りになれなかった。男として許せない屈辱よ。決闘で決着をつけるのは、すごく公平なやり方ってわけ」
「……そういうものかしら」
言われてみると、セラフィナが指名しただけでは決着がつかなかったかもしれない。
けれど決闘で命をかけて決めるのが最善なのかは納得できかねた。
アレクセイは理知的な双眸をジュペリエに向ける。
「ジュペリエ指導官の采配に感謝いたします。決闘が決まったとき、『勝者はセラフィナさまの夜伽の権利を得る』と宣言なされたと聞きました。非常に自然に大事を避けられましたね」
どういう意味だろうと、セラフィナは首を捻った。
ジュペリエは両手を広げて肩を竦める。
「あたくしは懐妊指導官として当然のことを言ったまでよ。だってまさか、『勝ったほうが皇配になる』とは言えないものね」
「あ……そういうことだったのね!」
セラフィナは気づいた。
決闘の勝者は、あくまでもセラフィナと一夜を過ごす権利を得られるだけで、皇配になれると決まったわけではないのだ。つまり、敗者にも可能性は残されるわけである。
もしジュペリエが、決闘により皇配が決定するなどと発言していたら、問題になっていただろう。
アレクセイは静かに頷いた。
「大公がたは先走ってしまいましたが、決闘をしたところで決着がつくわけではありません。ほかの皇配候補を蹴落とせばよいわけではないのです。セラフィナさまが懐妊しなければ、皇配にはなれないのですからね。ですから決闘はあくまでも皇配を決めるための段階的な手段であり、大変乱暴なやり方だとわたしは思います」
決闘について、アレクセイは懐疑的なのだ。だが女帝が推奨したので、反対できなかったのだろう。
「じゃあさ、インテリメガネ宰相は、ほかにいい方法があるっていうの?」
「わたしに考えがあります。ただし、決闘は行われます」
ジュペリエの問いに、アレクセイはきらりと眼鏡を光らせる。
決闘は行われるものの、丸く収める方法があるのだろうか。
セラフィナは心配で締めつけられそうな胸を、てのひらで押さえた。
いよいよ決闘が行われる当日になった。
空は厚い雲に覆われており、不穏な気配に包まれている。
離宮を出たセラフィナは決闘を見届けるため、ジュペリエとともに森の中へやってきた。
雪で真っ白に染まった森は氷点下に達しており、凍えるほどに空気は冷たい。
純白のコートに身を包んだセラフィナは白い息を吐いた。
「アレクセイが立会人になるのよね。大丈夫かしら。彼はなにを考えているのかしら。ふたりは死なないわよね?」
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