第6話

「私に衣装を持たせるかどうか、という話ではありませんでしたか?」

「そのことはよろしい。おまえの意見など聞いてないわ」

「では、王妃さまは私に、なにを伝えたいのでしょうか」

 クレオパートラは強欲な色を帯びた双眸を向けた。

 心の中でセラフィナは身がまえる。

「前王妃が残した宝石などの形見の品があるでしょう。それを差し出しなさい」

 なるほど、とセラフィナは王妃に呼び出された理由が腑に落ちる。

 明日、祖国を去るセラフィナが、いかなる財産をも持ち出すことが許せないのだろう。

 だが本当に、母の形見の品など持っていないのだった。もしもそんなものがあるのならば、セラフィナはもっと母の面影を追い、この国に希望を見出すことができたのではないだろうか。

「母の形見は、なにもないのです」

 はっきりとセラフィナは言うが、クレオパートラは納得がいかない。王妃は目を吊り上げると、扇子でセラフィナの手をバシリと叩いた。

「嘘をおっしゃい。前王妃だったのだから、なにか宝石を持っていたでしょう」

「いえ、本当に、私への遺品はないのです。私が王宮から引っ越したときに、王妃さまが持ち出したものがすべてです」

「いいがかりをつけるんじゃありません! あれらの宝石は国のものよ。しかも前王妃のくせに安っぽい品ばかり。大粒のダイヤかエメラルドを、おまえが隠し持っているのだわ!」

「いえ、ですから、持っていません」

 事実なので、そう告げるしかない。

 だが、どうしてもセラフィナが隠し持っていると疑ってやまない王妃は、扇子でセラフィナの肩や手を叩き続けた。

「なんという強情な娘でしょう。卑しくて、欲深くて、本当に腹が立つ女狐だわ!」

 それはクレオパートラ自身へのメッセージではないか?

 王妃の不当な言い分と、扇子で叩かれる鋭い痛みに、セラフィナは歯を食いしばって耐えた。

 やがてセラフィナがどうあっても口を割らないと知ると、王妃は扇子を放り出す。セラフィナの体を打ちつけた扇子は、ぼろぼろに壊れていた。

「もういいわ。控えの間にいなさい」

「はい……」

 もういいと言いつつ、解放してはくれない。仕方ないので、セラフィナはそのまま控えの間に佇んだ。嘆息して手の甲についた裂傷をさする。

 苛々した様子でクレオパートラはブデ夫人を呼び出すと、扇子の片付けと控えの間のドアを閉めることを命じた。

 ドアが閉ざされたので、セラフィナは再び狭い空間にじっと佇んでいるしかなくなる。

 ここで長時間待たされる召使いの精神状態が、いかに苦痛か察せられた。

 ややあって、すっかり足が痺れた頃に、廊下側のドアが開けられた。

「もうけっこうです。ご自分の離宮を片付けなさいませ」

 愉悦の表情を見せるブデ夫人の台詞に小首をかしげる。

 セラフィナの住んでいる小屋には片付けるほどの物はないが。

 とにかく帰ってもよいそうなので、セラフィナは素早く王宮をあとにした。

 だが、小屋の近くまで戻ってきたとき、異変を察する。

 セラフィナは木立の陰に隠れて様子をうかがった。

 バタンバタンという大きな物音とともに、「ウギャー!」と奇声が小屋から聞こえてくる。

 猛獣が暴れているかのような、怖気の立つ気配だ。

「どうしてわたしがこんなことをしなくちゃならないのよ! 宝石なんてどこにもないじゃない!」

 叫んでいるのはダリラだった。

 義妹は気に入らないことがあるたびにヒステリーを発し、奇声をあげて物を破壊するのだ。けれど自分の大切にしているものは決して壊さず、粉々にするのは必ず人の持ち物である。

 どうやら王妃に命じられて、小屋を漁りにやって来たようだ。なぜか控えの間で待たされたのは、ダリラが宝石を探す時間を確保するためだったらしい。

 彼女たちのゆがんだ執念に落胆する。

 家族としての情が少しでも残されているのではという期待は、跡形もなく打ち砕かれた。継母と義妹、そして実の父であるはずの王も、セラフィナを家族どころか人間としての尊厳を守ってくれない。

 前王妃の娘というのは、そんなにも憎まれる存在なのだろうか。

 せめて本当にセラフィナが宝石を持っていたならば、それを彼女たちに差し出して、永遠に縁を切りたいと願う。

「あの……ダリラ……」

 おそるおそる戸口に顔を出したセラフィナは、暴れている義妹に声をかけた。

 室内は無残なもので、ベッドが横倒しになり、敷かれていた薄い布団は引き裂かれている。桶や水差しなどの数少ない生活に必要な道具は破壊されていた。

 憤慨したダリラは、ギッとこちらを睨みつける。

「なによ! さっさと宝石を出しなさいよ」

 怒り狂っている彼女に、せめてもと思い、セラフィナは毅然と言った。

「母の形見の宝石なんて、どこにもないのよ。でもあなたがたがそんなにも宝石が欲しいのなら、将来の私が入手したダイヤモンドを、いずれ贈るわ」

 今のセラフィナは、なにも財産を持っていない。桶と水差しが壊れてしまい、もう水を汲むことすらできなくなった。

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