第47話

 やがて触れ合ったときと同じ優しさで、唇が離される。

 オスカリウスの瞳にはやはり、月が宿っていた。

「好きだよ」

 思いのたけを込めて紡がれた告白に、陶然とする。

 瞳に月を宿らせた騎士に、セラフィナは永久を知る。

 胸に宿るこの恋心が永遠であると感じた。

「私も、あなたが……好き」

 ふたりはもう一度、くちづけを交わした。

 月の下で、想いを誓うかのように。


 丘を下りたふたりは、近くにある小屋にやってきた。

 そこは皇族が狩りをするときに立ち寄る休憩所で、華美ではないが暖炉があり、温かな絨毯が敷かれ、毛布などが備えられている。

 宿泊も想定しているので、ベッドと柔らかな寝具が整えられていた。

 暖炉に火を入れたオスカリウスは、腕を回してセラフィナの体を抱き寄せる。

「すぐに温かくなる。外は寒かったろう」

 セラフィナは小さく首を横に振った。

 オスカリウスがいてくれるだけで、心が温かいのだ。

「寒くはないけれど……オスカリウスと手をつないでいたい」

 そう言うと、彼は大きなてのひらで、セラフィナの手を包み込んだ。

 オスカリウスの熱い体温が、肌を通して心の奥深くにまで伝わってくる。

 彼は決意を込めた双眸を向けた。

「あなたと、体の深いところまで交わりたい」

「……私もよ」

 惹かれ合うように、ふたりはくちづけを交わす。

 まるで朝が訪れたら魔法が解けてしまうかのように、ふたりは互いの素肌を重ね合わせた。

 無垢なセラフィナの肉体が、オスカリウスの愛撫により蕩かされる。

 そして彼の獰猛な中心が胎内を深く、優しく愛でた。

 とてつもない甘美な営みに、セラフィナは恍惚とする。

「痛くはないか?」

「少し、痛いけれど、気持ちいいの……」

 雄を受け入れた体は軋むが、心は満たされていた。

 私は、好きな人と結ばれたのだわ……。

 オスカリウスとつながった喜びが、全身を駆け巡る。

 セラフィナの肢体は強靱な背にすっぽりと覆われた。互いの手はつながれ、指を絡ませる。オスカリウスは何度もくちづけを落とした。瞼にも頬にも、そして唇にも。

「あなたを愛している」

「ええ、私も。愛しているわ……」

「ずっと一緒にいたい。生涯、離さないよ」

「私も……あなたと一緒にいたいの」

 愛を囁きながら、ふたりはきつく抱き合った。

 ぱちりと暖炉の炎が爆ぜ、絡み合った肌を橙色に染め上げる。

 昂揚したふたりの情欲は頂点を極め、セラフィナの体の奥深くで雄の徴が爆ぜる。

 欲の証を受けとめた体は、熱い胸に包み込まれた。

 夜が明けるまで、ずっと――。


 翌朝、セラフィナは離宮へ戻った。オスカリウスとは離宮へ辿り着く直前で別れ、彼はセラフィナが扉の向こうに消えるまで見送ってくれていた。

 名残惜しい想いを抱えて談話室へ入ると、すでに暖炉には火が入っている。

 寝巻姿で出てきたジュペリエは、あくびを噛み殺した。

「ふわあぁ……。おかえりなさい。山小屋の暖炉の火は消したんでしょうね?」

 見透かされていたことに、かぁっとセラフィナの頬が朱に染まる。

「ど、どうして、それを……⁉」

「そんなことくらいわかるわよ。宮殿に戻るわけにはいかないし、オスカリウスさまの屋敷は少し遠いからね。エドアルドさまはどうにか追い返しておいたから、心配しないで」

 ジュペリエにはすべてお見通しだったようだ。

 セラフィナは彼に感謝を告げる。

「ありがとう、ジュペリエ……。私が好きな人と結ばれたのは、あなたのおかげだわ」

 華麗にウインクをしたジュペリエは唇に弧を描く。

「いい女の顔になったじゃない。おめでとう」


 こうして懐妊指導官の采配もあり、セラフィナ皇女はオスカリウス・レシェートニコフ大公と契りを結んだ。

 事実上、皇配にはオスカリウスが選ばれたことになる。

 夜伽を逃したエドアルドは女帝にオスカリウスの不正を申し立てたが、相手にされなかった。そもそも決闘により夜伽する者を決めるのは、女帝が公式に定めた方法ではなく、慣習でもない。決闘自体が、赤の絵の具を実弾の代わりに用いるという不正行為だったと言えるので、女帝がこの件について裁くわけにはいかなかった。

「エドアルドに魅力がなかった」と女帝はひとことで片付け、第二皇配候補の肩書きを剥奪した。

 よって、セラフィナとオスカリウスは夫婦前提の間柄として、正式に認められた。

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