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二度目の桜が、船に乗ってアメリカへと向かいました。
事前の準備は万全ですが、アメリカについて検査を受けるまで安心はできません。
今度失敗したら、いかなる批判を受けるでしょうか。
そんなことを思ってしまい、尾崎は自嘲します。
どうせ成功しても、自分は批判されるでしょう。
一度は「素晴らしき」国花を燃やした戦犯として。
二度目は、「我らが誇るべき」国花を異国の地に送りつけた国賊として。
憂鬱な気分になってしまうのは、今日が特別寒い時期だったからでしょう。
コートに顔を埋め、トボトボと歩いていました。
桜が無事に届いたら、……東京市長は辞めよう、と思いました。
様々な改革こそしましたが、どれも反発ばかりで、尾崎を追い出せという声も上がってきています。
これ以上いても、尾崎はきっとのびのびと仕事ができません。
「まるで、逃げているみたいだな」
自分は情けない男です。
弱音は白い吐息とともに吐き出されて、
「てい」
「ひゃ!」
突然、冷たい手で首元を触られました。
◯◯◯
伊藤博文が立憲政友会を打ち立てた後、憲政会の進歩党系は苦境に立たされてました。
時は桂園時代。
藩閥政治家の桂太郎と、この世をさった伊藤博文のあとをついだ、立憲政友会総裁の西園寺公望が交互に政権を渡しあっていました。
この二勢力は、多少行き違いはありましたが、全体的には足並み揃えて政治をしていました。
そこに、進歩党系の入る隙はありませんでした。
進歩党系は最初、憲政本党と名乗り、後に立憲国民党に改名しました。
野党に追いやられた立憲国民党は、内部でも騒乱を起こしました。
政府と協力して政権を得るべき派と、政府と戦うべき派で分裂し、争っていたのです。
犬養は後者の立場でした。
厭味ったらしい性格が災難となり、犬養は党をまとめきれず、意思統一もままなりませんでした。
尾崎が党を出てから、こんなことばかりです。
表には出しませんが、犬養は若干イライラしていました。
今日も憂さ晴らしをしたいところですが、季節外れの寒さにやられてしまい、女遊びさえもやる気がありません。
部下は健気に誘ってくれますが、申し訳ないけど、と断ります。
さて、部下たちと呑気に話していますと、偶然にも、あの男がいました。
そうです、尾崎行雄です。
部下たちは眉をひそめて、こそこそと悪口を叩きます。
「尾崎行雄め。我が党を脱党した挙げ句、立憲政友会を脱党したとか」
「だが、噂で聞いたが、西園寺公望が総裁になったから、復党を願っているらしいぞ」
「本当にあの人はふらふらふらふらとしているな」
「日本人は忠実な気質のはずだがな」
「あんな自由人、いない方が犬養さんのご負担も軽減されるのかもしれませんね」
自分に投げかけられた質問を、適当返します。
「そうだな。あの男は悪い意味での自由人だからな」
尾崎がこっちに歩いてきました。
部下たちは口を閉ざし、ぷいっと視線をそらします。
犬養はとりあえず尾崎に挨拶しようと片手を上げます。
ですが。
尾崎は、何もいわずに、すれ違いました。
「……おや?」
あの尾崎が、犬養を無視したとは思いません。
気づかなかったのでしょう。
部下たちは首を傾げます。
「なんだあの男。犬養さんを無視しやがって」
「桜関係でごちゃごちゃしているから、精神的に病んでいるのかも知れないな」
「尾崎が? 精神的に病む? そういう人種か?」
部下たちは好き勝手言っていますが、犬養は、尾崎が案外弱い人だと知っています。
尾崎の横顔は暗く沈んでいました。
「……尾崎のことはともかく、俺はそろそろ帰宅しよう。皆のもの、さらばだ」
お疲れ様です、と部下が口々に言い、遊郭へ繰り出して行きました。
彼らがいなくなったのを見図り、犬養は尾崎の跡を追いました。
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