選挙活動と言ったら演説会、演説会といったら選挙活動です。


 まあこの時代は資金集めのために選挙活動以外のタイミングでも演説会を開いていましたが、一旦脇においておきましょう。


 尾崎は同志に準備してもらい、演説会を開きました。


 さすが有名人、尾崎行雄ですので、それなりに人が集まっています。


 しかし。

 

 全員が全員、尾崎の味方ではないようです。


 ごつい装備を身にまとった警官が、敵意を隠さずに尾崎を睨みつけています。


 尾崎はちらっと警官を確認し、すぐに視線を外し演説をはじめました。


 前回選挙での感謝と、議会の現状を語ります。


 野党の中の野党、立憲改進党の尾崎行雄ですので、演説内容は政府批判へとかじを切ります。


「憲法を制定し、日本初の議会がはじまりました。日本はさらに高みを目指し、進まねばなりません。ですが、日本には巨大な障害があります。藩閥せい」

「演説やめい!!! 命令だ!」


 警官が怒鳴り声を上げます。


 警官の命令に逆らえば、最悪の場合、牢屋にぶちこまれます。


 尾崎は渋々演説を止めますが、警官を睨みます。


「一体、どんな理由があって演説を止めるのですか。ぜひとも教えていただきたい」

「不穏当な文言が含まれていたからだ」

「政府の批判を全て不穏当とするのですか。日本の発展を阻害する行為で」

「命令に従わないつもりか?」


 他の警官が、サーベルを抜きます。


 話は通じないようです。


 尾崎は小さくため息をついて、演壇から降りました。


 支持者たちが尾崎を囲み、プンプンと怒ります。


「藩閥の犬どもめ。尾崎さんのせっかくの演説を妨害しやがって!」

「ったく、何が不穏当だ! てめえらの存在が不穏当だ!!」


 全くもってその通りです。


 ですが、いくら抗議しても、致し方ありません。


 もはやここにいても、時間の無駄です。


 尾崎一行は別の演説会場に向かいました。


 ……が、しかし。


 目的地に向かう、たったそれだけでさえも、困難が待ち受けています。


 峠に差し掛かる寸前、先発隊が慌てて帰ってきました。


「尾崎さん、お止まりください! 峠で暴徒が待ち伏せしております!」

 

 なんと、陣羽織を羽織った者たちが、槍や薙刀などをもって待ち構えていたのです。


「それとなく尋ねたところ、尾崎たちが来たら因縁をつけてぶん殴るとのことで……」


 殴るだけでは済まなそうです。流血沙汰の可能性はふんだんにあります。


「……そうか」


 尾崎は少し考えて、同志たちにパチリとウインクします。


「私に考えがあります」


 こそこそと耳打ちします。


 同志たちはニヤリと笑います。


「いいですね、それでいきましょう!」

「すぐに知り合いに声をかけます!」

 

 それから数十分後。


 待ち受けていた暴徒たちは、飲み物をグッと煽ります。


「尾崎一味はまだ来ないのか」

「案外、ビビって引き換えしたのかもしれねえぞ」

「かっかっか! そうかもな! 所詮口だけってことだ!」


 暴徒たちは豪快に笑い合います。


 そのときです。


「報告報告! 何やら怪しい男たちがやってきました!」

「おっ? 尾崎どもか。よーし、二度と演説できないようにぶん殴っちまお」


 振り返る男たち。


 眼の前にいたのは、


 猟銃を持った男たちでした。


「ひいっ!?」

「な、なんだあいつら!!??」


 自分たちの武器を見ます。


 槍です。


 薙刀です。


 敵の装備を見ました。


 猟銃です。


 クマを倒せます。


「……に、逃げろ!!!!」

「うあああああ!!!」


 ビビっていなくなるのは、あちら様でした。


 猟銃持ちの一人は、誇らしげに胸を張ります。


「やりましたね、尾崎さん!」


 尾崎はふふん、と笑います。


「脅しには脅しを、です」 


 無事、関門を通過しました。


 ですが、あちら様の妨害はまだまだ続きます。


 暴徒たちは悔しげに槍と薙刀を投げ捨てます。


「あいつらめ。無理やり峠を超えやがったぞ……!」

「畜生め……。ふん、まあいいさ。やり方はいくらでもある」


 暴徒は口端を上げます。


「脅しには脅しを。言論には言論、だ」



 

 

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