④
苦難を乗り越え、ようやく演説会場にたどり着きました。
さて、尾崎の演説のはじまりです。
警官はいますが、いてもいなくても、尾崎は演説内容を変えやしません。
堂々と政府批判をしてやろう、と意気込む尾崎。
しかし、尾崎が口を開いた途端、観衆たちが騒ぎ始めました。
「とっとと立ち去れ勅勘議員! 陛下に失礼だぞ!」
「降りろ降りろ!!」
やいのやいのと騒ぎ出しました。
よくよく見ると、峠で尾崎たち一行を妨害しようとした連中です。
尾崎は何もしていないのに、演説会場が殺気立ちました。
尾崎の仲間たちは、見ているだけの警官に怒鳴り声を上げます。
「おい、お前ら! あの暴徒たちを追い出せ!」
「……ふん」
警官はようやく動きだしました。
ですが、警官らは尾崎の味方にはなってくれませんでした。
群衆を一瞥し、警官は淡々と告げます。
「諸君ら、本演説を中止とする」
「は、はあああ!!?? 中止!?」
「ああ。これほどまで荒れてしまったら、我々も取り締まれない。もはや解散するしか方法はないのだ」
「方法がない?! 何もしてないではないか!」
「命令に背くのか?」
警官たちが目つきを変えます。
「お待ちなさい、警官がた」
尾崎は演壇を降ります。
「演説は中止で結構です」
「ご協力感謝いたします」
警官は無表情で言うと、「早く片付けろ」と偉そうに指示を出してきます。
「尾崎さん……!」
「耐えてください。今あいつらに歯向かったら、皆さんが捕まってしまいます」
「……くそっ!」
他の演説会場もそれはそれはひどい有り様でした。
過度な野次はあたりまえ。
刃物を持った人々が襲いかかってくることもありました。
本来、乱暴者を止めるのは警官の役目ですが、彼らは取り締まりをせず、この機を逃すなとばかりに解散命令をだしてくるのです。
すったもんだしているうちに、太陽の仕事納めのお時間がきてしまいました。
電灯がまだ一般的ではない今日この頃、夜はおやすみするのがお仕事です。
尾崎たちは近場で宿を探しました。
ところが……。
「うちはお断りだ。あっちいってろ!」
水をかけられてしまいました。
「何をするっ!」
「黙れ、勅勘議員どもめ!」
ぴしゃりと、扉がしまりました。
ここ一軒だけではありません。
他の宿屋にいっても、「謀反人はお断り」と拒否される始末です。
尾崎の支援者は呻き声をあげます。
「宿屋にさえも手が回っているとは……」
役人たちは、本気で尾崎を落選させようとしているようです。
最悪野宿を覚悟しましたが、おんぼろ宿屋に頼み込み、なんとか寝る場所を確保できました。
ただし、ご飯は出せないとのこと。
他の宿泊客の分で使いきってしまったといっていたが、果たして真実か否か。十中八九、嘘でしょう。
台所も貸してもらえませんでしたので、そこらの店を駆けずり回り、なんとか食事にありつけました。
宿屋の主人から、「あんたらは二階の部屋を使ってくれ」と言うだけ言って、裏に引っ込んでしまいましたが、もはやその程度の無礼は気になりませんでした。
「尾崎先生、藩閥連中はなりふり構わず尾崎さんを苛め倒してきますね。連中のことですから、寝ている間も油断なりません。扉の前で見張っております!」
「……すまない」
「いいんですよ。本当に謝らなくてはならないのは、役人たちのほうです」
暫し、おやすみタイムです。
さて、これまで宿屋に一泊するだけの描写を長々と書いておりましたが、これにはとある理由がありました。
ぼろい布団で横になって眠っていると、ふと、尾崎は振動に気づきました。
一瞬、地震かと思い飛び起きましたが、部屋全体は揺れておりません。
床だけが、規則的なリズムで振動しているのです。
尾崎は慎重に敷布団をめくりました。
そのとき、です。
「っ!」
床から、なにかが飛び出してきました。
槍です。
月明かりに反射して、先が銀色に輝きました。
尾崎は廊下に飛びだします。
うとうとしていた見張りが、びくりと体を跳ねます。
「尾崎さん、いかがしましたか!」
「一階だ」
「え?」
「この部屋の真下から、槍でついてきた」
「っ!」
すぐさま見張りは仲間を引き連れて、一階に飛び込みました。
部屋のなかは空っぽでしたが、天井を見上げると、尾崎が先ほど寝ていた部屋がのぞいていました。
騒動を聞き付けて、宿屋の主人がやってきました。
「お客さん、うるさくしないでください。他のお役さんに迷惑です」
「主人。尾崎さんがこの部屋にいた奴に槍で刺されそうになりました。どこの誰がここに泊まっていたんですか」
主人はちらりと天井の穴を見て、わざとらしく肩をすくめます。
「さあ知らないね。それよりも、これ以上妙な揉め事を起こさないでもらえるかな?」
主人は冷笑します。
「従えないのなら、出ていってもらうよ?」
「……」
藩閥の干渉は、まだまだ続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます