苦難を乗り越え、ようやく演説会場にたどり着きました。


 さて、尾崎の演説のはじまりです。


 警官はいますが、いてもいなくても、尾崎は演説内容を変えやしません。


 堂々と政府批判をしてやろう、と意気込む尾崎。


 しかし、尾崎が口を開いた途端、観衆たちが騒ぎ始めました。


「とっとと立ち去れ勅勘議員! 陛下に失礼だぞ!」

「降りろ降りろ!!」


 やいのやいのと騒ぎ出しました。


 よくよく見ると、峠で尾崎たち一行を妨害しようとした連中です。


 尾崎は何もしていないのに、演説会場が殺気立ちました。


 尾崎の仲間たちは、見ているだけの警官に怒鳴り声を上げます。


「おい、お前ら! あの暴徒たちを追い出せ!」

「……ふん」


 警官はようやく動きだしました。


 ですが、警官らは尾崎の味方にはなってくれませんでした。


 群衆を一瞥し、警官は淡々と告げます。


「諸君ら、本演説を中止とする」

「は、はあああ!!?? 中止!?」

「ああ。これほどまで荒れてしまったら、我々も取り締まれない。もはや解散するしか方法はないのだ」

「方法がない?! 何もしてないではないか!」

「命令に背くのか?」


 警官たちが目つきを変えます。


「お待ちなさい、警官がた」


 尾崎は演壇を降ります。


「演説は中止で結構です」

「ご協力感謝いたします」


 警官は無表情で言うと、「早く片付けろ」と偉そうに指示を出してきます。


「尾崎さん……!」

「耐えてください。今あいつらに歯向かったら、皆さんが捕まってしまいます」

「……くそっ!」


 他の演説会場もそれはそれはひどい有り様でした。


 過度な野次はあたりまえ。


 刃物を持った人々が襲いかかってくることもありました。

 

 本来、乱暴者を止めるのは警官の役目ですが、彼らは取り締まりをせず、この機を逃すなとばかりに解散命令をだしてくるのです。


 すったもんだしているうちに、太陽の仕事納めのお時間がきてしまいました。

 

 電灯がまだ一般的ではない今日この頃、夜はおやすみするのがお仕事です。


 尾崎たちは近場で宿を探しました。


 ところが……。


「うちはお断りだ。あっちいってろ!」


 水をかけられてしまいました。


「何をするっ!」

「黙れ、勅勘議員どもめ!」


 ぴしゃりと、扉がしまりました。


 ここ一軒だけではありません。

  

 他の宿屋にいっても、「謀反人はお断り」と拒否される始末です。


 尾崎の支援者は呻き声をあげます。


「宿屋にさえも手が回っているとは……」


 役人たちは、本気で尾崎を落選させようとしているようです。


 最悪野宿を覚悟しましたが、おんぼろ宿屋に頼み込み、なんとか寝る場所を確保できました。


 ただし、ご飯は出せないとのこと。


 他の宿泊客の分で使いきってしまったといっていたが、果たして真実か否か。十中八九、嘘でしょう。


 台所も貸してもらえませんでしたので、そこらの店を駆けずり回り、なんとか食事にありつけました。


 宿屋の主人から、「あんたらは二階の部屋を使ってくれ」と言うだけ言って、裏に引っ込んでしまいましたが、もはやその程度の無礼は気になりませんでした。


「尾崎先生、藩閥連中はなりふり構わず尾崎さんを苛め倒してきますね。連中のことですから、寝ている間も油断なりません。扉の前で見張っております!」

「……すまない」

「いいんですよ。本当に謝らなくてはならないのは、役人たちのほうです」


 暫し、おやすみタイムです。


 さて、これまで宿屋に一泊するだけの描写を長々と書いておりましたが、これにはとある理由がありました。


 ぼろい布団で横になって眠っていると、ふと、尾崎は振動に気づきました。


 一瞬、地震かと思い飛び起きましたが、部屋全体は揺れておりません。


 床だけが、規則的なリズムで振動しているのです。


 尾崎は慎重に敷布団をめくりました。


 そのとき、です。


「っ!」


 床から、なにかが飛び出してきました。


 槍です。


 月明かりに反射して、先が銀色に輝きました。


 尾崎は廊下に飛びだします。


 うとうとしていた見張りが、びくりと体を跳ねます。


「尾崎さん、いかがしましたか!」

「一階だ」

「え?」

「この部屋の真下から、槍でついてきた」

「っ!」


 すぐさま見張りは仲間を引き連れて、一階に飛び込みました。


 部屋のなかは空っぽでしたが、天井を見上げると、尾崎が先ほど寝ていた部屋がのぞいていました。


 騒動を聞き付けて、宿屋の主人がやってきました。


「お客さん、うるさくしないでください。他のお役さんに迷惑です」

「主人。尾崎さんがこの部屋にいた奴に槍で刺されそうになりました。どこの誰がここに泊まっていたんですか」


 主人はちらりと天井の穴を見て、わざとらしく肩をすくめます。


「さあ知らないね。それよりも、これ以上妙な揉め事を起こさないでもらえるかな?」


 主人は冷笑します。


「従えないのなら、出ていってもらうよ?」

「……」


 藩閥の干渉は、まだまだ続きます。

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