今日は仕方ないのでこの宿で妥協しましたが、次からは尾崎の味方をしてくれる人の宿屋に泊まろうと、固く決意しました。


 翌日の演説もうまくいきませんでしたが、今回は寝る場所だけ確保できていますので、心に余裕があります。


 朝のうちに予約していましたので、食事も十分に食べられます。


 早足で宿屋に戻る尾崎一行でしたが、宿屋の前に人だかりができていました。

 

 まさか、また暴徒が待ち受けているのでしょうか。


 尾崎たちが訪れると、人垣がさっと分かれました。


 武器をもった男たちはいませんでした。


 けれど、もっと嫌なものが宿屋の前にありました。


「なんだ、あれ……!」


 ブタの首が、青竹に突き刺され、店の入口に立てられていたのです。

 

 血の臭いがここにまで漂ってきます。


 宿屋から、顔馴染みの主人が出てきました。ぶたに驚かず、淡々とかたつけはじめます。


 途中で、尾崎一行が来ていると気づいたようで、かたつけを一旦中止して、ぺこりと頭を下げます。


「尾崎先生、よくぞお越しくださいました。少々臭いがきついですが、お入りください」

「……君、この惨状は一体……」


 主人は力なく笑いました。


「最近、毎日これですよ。おかげで商売あがったりです」

「……私だけでなく、支持してくれる人をも攻撃対象にするとは……」


 第一議会で、「はじめての議会で予算を決めないと欧米諸国にどんな目で見られるかわからない」だのなんだのいって政党を説得しておきながら、この体たらくです。


 尾崎は青竹を引っ張ります。その表紙に、血が服についてしまいます。


「お、尾崎さん! 大丈夫です、我々がやりますので!」

「構いません。この程度、どうってことありません!」


 青竹を引っこ抜きました。


 ぶたの首を慎重にとると、宿屋の裏手に小さな穴をほり、埋葬してあげます。


 尾崎自身が襲われるのはまだしも、自分を応援してくれる人までも、役人たちは容赦なくいじめてきます。


 尾崎は、呟きます。 


「……私は、負けません。例えこの身が滅びようとも、絶対に負けません」


 もしも、選挙に落選したとしても、野で政府の批判を続けていくことでしょう。


 そして、当選したのならば。


 議会で、政府の非を指摘します。


 支持者たちに、笑顔が点ります。


「ええ。どこまでもついていきます」

「このくらい、どうってことないですよ!」


 幾度も妨害され、幾度も危険な目にあいました。 

 

 それでも、彼らも、もちろん尾崎も諦めませんでした。


 選挙当日は、警官たちに邪魔されぬようにと、入念に警備しました。


 そして、


 選挙結果開示の当日。


 尾崎は支持者たちに囲まれて、結果を待っていました。


 前回の選挙では、余裕でしょうと身構えていましたが、今回は不安で不安でいっぱいです。


 選挙干渉は東京でも問題となり、新聞各社が政府を批判してくれています。


 政府は地方を落ち着かせようと働きかけていますので、いわゆる票を書き換えるなどの過激なことはしてこないでしょう。


 しかし、さんざん警官が圧力をかけておりましたので、投票者たちも萎縮し、政府公認の候補者を支持してしまう可能性は大です。


 支持者たちが落ち着きをなくす中、尾崎は呑気に食事に口をつけています。


「うんうん、三重のうなぎは美味しいですね。酒が進む。よかったら、みなさんもいかがですか?」

「いや、緊張で胃がムカムカして……。尾崎さんはよく緊張しませんね」

「心配しても仕方ないですからね」


 ちびちびとおちょこを煽っていると、


「尾崎さんっ!」


 一枚の書類を持って、男が駆けてきました。


「結果! 選挙結果がっ、出ました!」


 尾崎は箸を置きます。


「結果はっ、」


 男は、


「尾崎さん、当選です!!!」


 満面の笑みで、叫びました。


「や、やった!!!!!」

「当選、当選ですよ尾崎さん!!!!」


 警官たちの圧力は凄まじく、対抗者も中々の票を獲得しました。


 ですが、尾崎の頑張りを投票者たちが認めてくれ、僅差で勝利を勝ち取ったのです。


 尾崎は慌てず騒がず、箸を持ち直します。


「藩閥政府がいかに嫌がらせをしても、私には無意味だったってことですね」


 なんて偉そうなことを言っていますが、尾崎の表情はニコニコしていました。


 


 


 


 


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