第一議会では長州人であり陸軍軍人の山縣有朋が首相でした。


 山県は長州の人間はもちろん、薩摩派の人間とも仲良くできましたので、比較的安定した内閣でした。


 まだまだ続けられそうな具合でしたが、精神的ストレスに弱い山県は、もうやりたくないと首相の座を投げ出しました。


 さて続いての首相は、薩摩派の松方正義になりました。


 経済に精通している政治家で有名な松方さんですが、政治はてんで出来ず、優柔不断でリーダーシップは皆無でした。


 そんな松方でしたので、政党員たちを御しきれず、衆議院は解散。日本で二回目の選挙がはじまりました。


 さて、ここで皆様に質問です。


 政府は、今度の選挙でどんな結果を望んでいるのでしょうか。


 少々簡単な質問でしたね。


 当然、政府は自分たちの言うことを聞いてくれる政治家に当選してもらいたいと考えました。


 とはいっても、誰それを当選させろ、あいつは落選させろ、なんて命令は下せません。


 中央政府は各々の人脈を使って穏健な選挙干渉こそしましたが、公式的には「適切な選挙を行うように」との御達しを与えました。


 ……ですが。


 地方の長たちは、間違った方向に気合を入れてしまいました。


 三重県知事は、松方からの指示を一瞥して、吐き捨てるようにつぶやきました。


「東京は甘い。甘すぎるっ1」


 当時の知事は、官僚が派遣されておりました。


 ですので、地元の有志よりも、中央政府の肩を持ちます。

 

 三重県知事はぶつぶつ文句を言います。


「衆議院解散は陛下の名によって宣言されておる。つまり、政府に楯突いた議員どもは、陛下から勘当された、勅勘議員なのだ」


 令和の今からすれば、「なんだその理論は。そもそも解散を決断したのは内閣だろ」と突っ込みたくなります。


 ですが、三重県知事は、なおも間違った方向へと向かっていきます。


「我が三重県下では、勅勘議員の代表、尾崎行雄が出馬しておる。……あの男を再び当選させてはならない」


 平和な方法では、尾崎は当選してしまうでしょう。


 ならば。


 ……多少強引な方法を使ってでも、あの男を排除せねばなりません。


 三重県だけではありません。


 他地方の知事も、似たような思想回路のもと、警官らに指示を下しました。


◯◯◯


 第二議会では藩閥を追い詰める前に、衆議院が解散されてしまいました。


 ええいしゃーない、次の議会でとっちめてやる! そのためには、選挙で当選せねば! と張り切って三重に戻りました。


 ところが、村の様子がおかしいのです。


「あっ、村長さん! この前の選挙はありがとうございました! 今回もよろしくおねがいします!」


 元気よく挨拶をした尾崎ですが……。


「いや、今回はあんたの協力はできん」

「へ? なぜですか?」

「できないんだからできないんだ」


 そっぽを向いて、関わりたくないと言わんばかりに、早足で去っていきました。


「……?」


 他の村長に挨拶してみました。


 前回の選挙では、「尾崎くん! 日本の未来は君にしか託せない!」と言ってくれたのに、今回はブチギレていました。


「この勅勘議員め。二度と貴様を当選させんぞ!」


 ぺっと地面につばを吐かれてしまいました。


「……」


 どう考えても雲行きが怪しいです。


 自分を支持してくれる村を訪ねると、彼らは慌てて尾崎を家に引きずりこみます。


「尾崎さん、ご無事でしたか!」

「ええ。ですが、あれこれと罵声を浴びせられましたね」


 家には、尾崎の支持者たちが集まっていました。


 口々に「おかえりなさい」と温かい言葉をかけてくれますが、誰も彼も複雑そうな表情です。


「尾崎さん、実はですね、次の選挙であなたを落とせと上から圧力がかかっております」

「何ですと? 上……ですか」


 藩閥政府の連中が尾崎の頭によぎりました。


 仲間たちは顔を見合わせます。


 リーダーポジションの人が、意を決して口を開きました。


「尾崎さん、今回の立候補はおやめになったほうがよろしいかと。あまりにも勝算がありません。それに、……危険です。一回休まれてはいかがでしょうか」


 優しいアドバイスですが、尾崎は首を横に振りました。


「いや、私は立候補します」

「で、ですが、」

「私は改進党を率いる立場です。引き下がるわけにはいきません。……というのは建前です」


 尾崎はグッと拳を握る。


「こんなことをされて、引き下がる尾崎行雄ではありません! 皆さんはお休みしていてください。私一人で選挙活動いたしましょう!!」


 逆風が吹けば吹くほどやる気が出る尾崎行雄。


 この状況に、気合十分、太陽のようにキラキラ輝いております。


 曇っていた尾崎応援隊たちの心に、夏の日差しがさしました。


 リーダーは微笑みます。


「……でしたら、負けるまでもお供しましょう。皆のもの、ついてこい」


 同志たちの気合も十二分。


 一丸となり、選挙活動に乗り出しました。


 ……そのときの尾崎も、尾崎の同志も、ある程度の覚悟は決めていました。


 ですが。


 選挙干渉は、彼らが思うよりも、おぞましいものとなりました。












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