Ⅳ
尾崎は文部大臣として、せっせとお仕事をしていました。
細かい事務仕事をちょいちょいとこなし、各地での演説会に出席していきます。
今日は、帝国教育会の夏期講習会に出席しました。
尾崎はちょっとしたジョークも交えて演説しました。
「もし、日本に共和政治ができてしまえば、三井や三菱の者が大統領候補になるに違いないですね」
ただ単に、「日本は金を持つ人間に媚を売りすぎだ」と批判した内容でした。
ただし、どんな内容でも批判しようとする輩はいるようです。
翌日の新聞では、「尾崎行雄は共和政治を願っている」と批判してきました。
無論、そんなことは言っていません。
尾崎の演説内容は探そうと思えば簡単に読めるので、他の新聞社は追随せず、数ヵ月後には騒動は消滅したかにみえました。
尾崎はいつもの通り、閣僚会議に参加するため、首相官邸に顔を出しました。
「こんにちはー、大隈さん、板垣さーん」
椅子にどっかり座っていた大隈は、顔をあげました。
「やあ、尾崎君」
おや? と尾崎は思いました。
大隈さんは喜怒哀楽の「喜楽」しか持ち合わせていないお人です。
例え足一本なくなろうとも、親友だと思っていた伊藤博文から政府を追い出されようとも、明るく振る舞い、落ち込むことはしません。
けれど、このときの大隈はいつものハイテンションではありませんでした。
焦っているかのような、少々苛立っているかのような、そんな気がします。
板垣さんをちらりと確認します。
彼も彼で戸惑っています。
二人で喧嘩したのではなさそうですが……。
「どうしたんですか。雰囲気暗いですけど」
大隈は困ったように肩をすくめます。
「実はだな……。星君が日本に帰ってきてしまったのである」
「ええ、星が?」
「私は許可していないのであるがな……」
星がこの内閣をかき乱さないように、大隈は星に「アメリカで仕事していてほしい」と厳命していました。
にもかかわらず、星は無断で戻ってきたのです。
大隈は板垣を説得します。
「板垣さん、星君がいたら、せっかくの内閣に混乱が生じてしまう。どうか彼にアメリカへ帰ってほしいと説得してくれないのであるか?」
「うっ……。わかりました。話してみます、ね……」
板垣さんは自信なさそうに頷きます。
大隈と尾崎は、こう思いました。
こりゃ無理だろうな、と。
板垣は自由党のリーダーです。
彼が地方に遊説しにいけば、現地の人々は喜び、彼の言葉に聞き惚れます。
けれど、大隈と違って頭が切れる人ではありません。
党内では、「板垣さんはもうちょっとしっかりしてほしい」と苦言を呈され、政府側からも「どこか抜けているんですよねえ、あの人」と言われてしまっています。
一方で星は自由党の資金面を支え、裏金をどこからともなく持ってきて、強引な手法で自分の意志を貫きます。
星亨のニックネームは、「おしとおる」です。
その星を板垣が説得できるかと言われると、……無理でしょう。
大隈と尾崎は目で会話します。
どこかしらで、揉め事が起きそうだ、と。
二人の予感は事実となりました。
しかも。
星の標的になったのは、我らが純粋無垢な主人公、尾崎行雄でした。
星は日本に帰国すると、大隈がアメリカに帰れ駐米大使の辞任は認めないと指示してきましたが、完全無視して仲間内を駆け回ります。
さすが星といったことでしょうか。最初は星を抑えようとしていた自由党員人々ですが、星が「このままだと、板垣さんが大隈に操られてしまうぞ」と危機感を過剰に煽ると、段々と星の味方になっていきました。
不信感をうまく広めましたが、自由党から反旗を翻してしまえば、世論からの反発は必須です。
進歩党系の人間がきっかけにならねばなりません。
星は新聞を血眼でめくります。
重箱の隅をつつくような内容でも構いません。
針穴に糸を通すように、一文字一文字丁寧に読みます。
読書好きの星にとっては、この程度お茶の子さいさいです。
そして。
星は、見つけたのです。
「そうだ。これを使おう」
尾崎行雄が文部大臣として出席した席にて、放った不穏な演説。
尾崎は共和政治を望んでいる、といった内容の記事。
何ヶ月か前の記事でしたが、星はこれを選択したのでした。
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