いつも怒っている尾崎行雄ですが、今日はどこか嬉しそうです。 


 憲政会の飲み会で、尾崎は嬉しそうにお酒を飲み、仲間たちをお喋りしていました。


 楽しく酔った帰り、ふとした気持ちで、とある家に訪れました。


 ちょうど家の主人は夕食終わりで、のんびり涼んでいました。


 尾崎がひょっこりと顔を出すと、彼は顔だけあげました。


「やあ、文部大臣様。ご機嫌麗しゅう」

「こんにちは、犬養さん! ご加減はいかがですか?」

「悪かったら追い出している」


 犬養はニヤリと笑います。


「日本の将来を担う大臣様に、風邪をうつすわけにはいかないのでな」


 大隈内閣の文部大臣には、我らが主人公、尾崎行雄が任命されました。


 犬養はお祝いをしようと言って、酒を用意してくれました。


「祝い酒だからな。良いものを出してやろう」

「ありがとうございます。本当は犬養さんと一緒に大臣の仕事をやりたかったんですけどね……。体調不良でご辞退されたとか」

「まあな。だが一杯程度の酒は飲めるぞ?」


 たっぷりお酒を注ぎ、乾杯をします。


 くいっと飲みながら、犬養はのんびりと質問をします。 


「それで? 大臣になった感想はいかがかな?」

「まだ仕事をしていませんから明確には言えませんが、緊張はしませんよ」


 尾崎はおちょこを空にいて、誇らしげに胸を張ります。


「なんだって、私は尾崎行雄! いつかは首相になる男ですから!」


 ものすごく偉そうです。


 犬養は尾崎にバレないように、小さくため息を付きます。


 彼が内心で、こう思っていました。


 そういう態度が、他のものたちを苛つかせてしまうんだぞ? と。


 尾崎は四十一歳と、政治の世界では若手の部類でした。


 彼の優秀さと、板垣との関係の良さを加味し、大臣に就任しました。


 しかし、党内では尾崎よりも年上で、それなりの名声を誇る人物も何人かいました。


 もし尾崎が彼らを配慮した言動をしてればよいのに、尾崎は「自分が大臣になるのは当然の事実」なんて態度をとっています。


 つい先程の飲み会でも、大臣就任を褒める彼らに、実に天狗な態度をとっていました。


 これに、元進歩党の人々がイラッとしました。


 自分を飛び越えて尾崎が大臣になるなんて! とプリプリ怒りました。


 ちょっとした嫉妬ですが、ほっておけば政権運営に響いてしまいかねません。


 犬養は病をおして不満を持つ彼らをなだめ、大隈に相談してそれなりの役職を与えてあげました。


 そんな犬養の苦労を、尾崎は絶対に知りませんし、知ったとしても、犬養の努力を理解できないでしょう。


 犬養はニッコリと微笑み、酒を注ぎます。


「さあさあ飲んで飲んで」

「ありがとうござ、……ってうわっ! こぼれるこぼれる!」

 

 慌てふためく尾崎を、犬養は呑気に眺めて、ストレス発散します。


 犬養の努力で、旧進歩党内部の争いは一旦落ち着きました。


 ですが、旧自由党との間の紛争は、……さすがの犬養では解決できません。


 尾崎の文句を聞き流し、犬養は新聞をペラペラめくります。


 突然の政権移譲のせいで、世論を政党支持の流れに乗せられませんでした。


 新聞各社は冷静に、大隈内閣を断じます。


 両党の歴年の不仲を語った上で、記事はこう記します。


 本内閣の一番の問題は、大隈が兼任することになった外務大臣の席である、と。


 内閣の大臣職は、陸軍海軍大臣をのぞいて、両党のバランスをとって決めていましたが、旧自由党系は閣僚数が一人少なかったのです。


 ならば、外務大臣に就任するのは自由党の人間でしょう。

 

 その候補者は、駐米公使の星亨です。


 しかし、星と大隈は犬猿のなかで、星の行動力をしっていたので、大隈は忌避しました。


 かといって、他の自由党の人間に外務大臣の席を渡さず、ずっと保持したままです。


 記事は、この問題が非常な大騒動につながるだろう、星亨の言動に注目せねばならないと結んでいました。


「……」


 果たして、外務大臣に星を就かせなかった判断が間違っていたのか否か。


 それは分かりませんが、自身を戦力外されて、黙っているような男ではありません。


 犬養の不安は、


 ……まさに、的中しました。


 米国にて、星は大隈内閣を歓迎する記事を読み、


 ぐしゃりと、握りつぶしました。

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