尾崎は気合充分、元気百倍オザキンマンでした。


 犬養と、ある家の廊下を歩いている途中も、興奮気味でこそこそ話しています。


「ついに、藩閥政府を叩きのめせますね。私たち進歩党と自由党が手を組めば、伊藤博文であってもぼっこぼこにできますよ」


 説明し忘れてしまっていましたが、このときの立憲改進党は、政治思念を共にする少数政党と連合い、進歩党に名前を変えていました。


 名前こそ変わりましたが、大隈重信が影なる実力者であるのは同じですし、尾崎・犬養も幹部クラスです。


 興奮する尾崎と対称的に、犬養は割と冷静です。


「唯一の懸念は、今回の話に星亨が絡んでいないことか」


 現首相の伊藤博文は、自由党を懐柔する一環で、星に駐米大使の座を渡していました。


 ですので、今回の連携話には直接関わっていません。


「一応、話は通しているとは思うが、あの男は我々のことを毛嫌いしているからな。どうしてだろうなあ。ちょっと議長の座から叩き出しただけなのに! 俺たちを支持する新聞社に誹謗中傷を垂れ流しただけなのに!」


 それが原因でしょう。


「ですけど犬養さん。星は大同団結運動のとき、党派の違いなく連合しようと呼びかけていたんですよ? 今回も賛成してくれますって!」

「だといいんだがな……」


 過去の発言と現在の発言が矛盾するのは、政治家あるあるです。


 尾崎だって、今でこそ矛盾が少ないですが、後々天と地ほどの矛盾が生じてきます。


 尾崎でさえそうなのです。党弊にまみれ、汚職の噂が絶えない星は警戒すべし、でしょう。


 とはいえ、星が海外にいる以上、あれこれ考えても仕方ありません。


 今は、眼の前の政治家に全集中、です。


 使用人さんに案内された部屋にいたのは、


「やあ、お二人さん」


 その弾性は、ほっそりとした体で、柔和な笑みを浮かべています。


 しかし、目の奥はキラリと強い光を宿しています。


 犬養は恭しく礼をします。


「お招きいただいて光栄です、板垣退助さん」


 土佐出身、征韓論による論争により、明治六年政変で下野した政治家、板垣退助です。


 大隈重信は、その優秀さと資金調達先の豊富さから、明治政府にガッツリ目をつけられております。


 一方、板垣はもともと軍人出の人でしたが、乱暴な事件を起こさず、大隈と比べると穏健ですので、大隈の対抗馬としてサポートしていました。


 そのために、進歩党の人々は板垣を見下している人もおりました。


 けれど、尾崎は違います。


「こんにちは、板垣さん! こうしてお会いするのははじめてですよね!」

「ええ、話は常々聞いておりますよ。あなたの議論は激烈かつ的を得ていて、ついつい感激していました」

「私もっ、板垣さんが明治六年の政変で下野したときに政府に提出した、民撰議院設立建白書! あれには本当に感動しました! 雷に打たれたように、みたいな感覚でしたよ!」


 民撰議院設立建白書とは、限られた役人だけで政治を牛耳るのではなく、国民の代表者による議会を設立すべしと訴えた書状です。


 尾崎は当時十代後半でした。


 日本にはあり得なかった議会の存在を提示され、尾崎はそれはそれは興奮したのでした。


 色々あって大隈派閥につきましたし、尾崎の口達者腕っぷしのなさを考慮すれば、自由党は合わなかったことでしょう。


 けれど、尾崎は間接的ではありましたが、板垣との意外な関係性がいくつかありました。


「実はですね、私の父は志士として動き回っていたのですが、板垣さんの土州軍に入っていた時期もあったんですよ。父いわく、会津戦争にも参加したって!」

「ほう、尾崎くんのお父君が、会津戦争に……」

「さすがに父は板垣さんと直接の関わりはなかったんですけど、息子の私が板垣さんと出会えるなんて、人の縁って面白いですよね」

「ええ、本当に」


 二人はまるで以前からの旧友かのように、おしゃべりし始めました。


 そんな二人を、


 犬養は、じっと見つめていました。


 お喋りは一旦終わり、真面目なお話に移りました。


 犬養がぬるっと会話の火蓋を切ります。


「板垣さん。文書で常々交渉致しておりましたが、進歩党と自由党の合同の件はご承認いただけましたか?」


 板垣は微笑みながら頷きます。


「ええ。構いませんよ。貴方がたとはこれまで色々ありましたが、心機一転、連携致しましょう」


 書類をあれこれとやり取りしていましたので、板垣の真意は理解出来ていました。


 ですが、こうして板垣の口から了承してくれたのは大きな自信になります。


 尾崎がキラキラした目で板垣を見つめます。


「つまりつまりっ! 進歩党と自由党の合同を認めてくれるってことですか!」


 自由党幹部と尾崎たちは、藩閥政府を完膚までにボコボコにするため、合同を決意したのです。


「ええ。新しい政党の名前は憲政会でしたっけ? いい名前ですね」

「ですよねですよね! まさに、藩閥政府に憲政の二文字を叩きつける政党ですね!」

「あとは、伊藤博文さんたちが、どう反応するか、ですが……」

「どうせあの人たちのことですから、ギリギリまで耐えそうですよね!」


 なんて話をしていた、ほんの数日後。


 いい意味で言えば保守的で漸進的。


 悪い意味で言えば腰が重いご老人たちの癖に、とんでもない動きをしてきました。


 なんと、現首相の伊藤博文は、憲政会の勢力に怯え、政権を投げ出したのです。


 次期首相に選ばれたのは、なんとなんとの、板垣退助と大隈重信でした。


 憲政会の人たちは突然の政権に驚き、喜びました。


 念願の政党内閣に、浮足立ちました。


 さて、皆様は喧嘩ばかりしていた二つの組織が、単に「もっと気に食わない連中をぶっ潰す」を目的にして合同したらどうなるか、なんとなくお察しがつくかと思います。


 敵はあっさり政権を渡してきました。明治政府のトップリーダー伊藤博文は、もう僕は関係ないとそっぽを向きました。


 そう、伊藤も気づいていたのです。


 あの二団体が、本当の意味で仲良くなんか出来ないことを。


 板垣・大隈どちらが首相になるのかの問題は、あまり揉めませんでした。  


 板垣が外交の儀礼が分からないと言って辞退したためです。


 しかし。


 内閣の人員を決める上で、両者で紛争が生じたのです。


 


 

 

 

  









 

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