Ⅴ
この前の選挙でも、尾崎は見事勝利を収めました。
今後も尾崎は当選していきますので、もはや感激もありません。
それはともかく、今回の選挙は自由党と進歩党が合同した、憲政会による選挙でした。
政権につく前から、二党は議会を占領していました。
ですので、今回の選挙結果も快勝につぐ快勝、憲政会の大勝利でした。
ですが、勝利確実な選挙で、すでに憲政会のほころびが生じていました。
いつものノリで、進歩党自由党は各々の考えで候補者を出しました。
そのせいで、一つの選挙区に憲政会のメンバーが二人出てしまう事態が都度都度生じてしまったのです。
最初こそ、自由党系と進歩党系は話し合いで解決しようとしました。
まあ、うまくいくわけがありません。
結局のところ、自由党系と進歩党系はお互い別々で選挙対策本部を立てて、選挙に挑んだのです。
暗雲が漂ってきました。
雷が一つでも落ちれば、大変な豪雨が始まることでしょう。
雷担当、尾崎行雄は今日も元気よく起床しました。
せかせかと朝の用事をすませ、新聞をめくります。
おや? と尾崎は首を傾げました。
新聞の日にちを確認します。
間違いなく、今日の新聞です。
にもかかわらず。
「何か月か前の共和政治云々の話が、また取り上げられている……?」
しかも、語句が強くなっています。
まるで、尾崎が共和主義を目指しているかのごとく。
尾崎は首を傾げはしましたが、すぐに気にとめなくなりました。
根拠のないネタで、ごちゃごちゃ文句を言われるのは慣れております。
いつもの朝のルーティーンを終わらせ、文部省に出勤しました。
さあいつもの面倒な事務作業をすませよう、と袖をまくっていると、役人が血相を変えて駆け寄ってきました。
「大臣! 新聞の記事! あれはどういうことですか!」
「……? どういうこととは、どういうことですか?」
「文部大臣ともあろうものが、共和政治を願うご発言をなさったのですか!」
あの胡散臭い記事を、まるっと信じてしまったようです。
尾崎が丁寧に事実を答えると、納得して帰ってきました。
……なんてやり取りが、昼までに五回もやりました。
その上、秘書からこそっと耳打ちされ、大隈重信から今日の新聞の件で聞きたいことがあると言われました。
あまりにもしつこい質問攻めに、尾崎は立腹しました。
仕事を目処がつくまで終わらせ、大隈に会いに行きました。
大隈はちょっと困ったような表情をしています。
「尾崎君、いきなりで申し訳ないのであるが、今日の新聞に載っていた共和政治云々の話は知っているか?」
「……ええ、もちろん。今日一日ずっと質問を受けましたから」
「君を疑っているわけではないのであるが、どういうことなのか説明してくれると嬉しいのである」
尾崎はとうとうプチッと切れました。
まっすぐ大隈を見つめ、冷たく言い放ちます。
「私の演説内容の全文は公開されております。お読みください。ではこれで」
「ふ、ふむ……」
尾崎は堂々と帰りました。
◯◯◯
「ということがあったのである」
大隈はふらりと来た犬養に状況報告しました。
「それはそれは……」
一応、大隈は進歩党のトップであり、我が国の首相であります。
大隈にだけは説明すべきだろ、と犬養は苦笑しました。
大隈も苦笑しました。
「それで、尾崎君の演説内容全文を呼んでみたのであるがな、」
「調べたんですか」
「うむ」
「それはそれは、ご苦労様で……」
「尾崎君の演説は何も問題はなさそうであるな。あれは悪質な切り抜き記事であるんである。なぜあの記事が今になって燃えているのか、不思議なものである」
「おそらく、星亨とか星亨とか星亨とかが新聞社に圧力をかけているのでしょう」
「……やはり星君であるか……」
「十中八九、そうでしょうね」
大隈はむうっと唇を尖らせます。
「板垣さんたちが、星に乗っからなければよいのであるがなあ」
「……」
お気楽成人の大隈重信ですが、政治能力は長けております。
ですので、今回の騒動が星の暗躍があることくらい理解できますし、
……この騒動を起こす前に、板垣などの自由党系の人間たちに根回ししていると即座に理解できるでしょう。
その想像は、残念ながら当たっておりました。
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