六
尾崎は下野して立憲改進党の鉄砲玉になりましたが、ちゃんと他の仕事もしていました。
東京の府会議員です。
酒盛りが終わった翌日、尾崎はいつも通りに登庁し、いつも通り仕事をしました。
仕事中、ある条例が発令されたという話を聞きました。
保安条例です。
「保安条例……? へえ、急ですね。今度はどんな言論圧力をかけるつもりなんですか」
教えてくれた人はなぜか緊張しながら答えます。
「その、危険人物を皇居から三里以内の地に住まわせない条例とのことで」
「また政府は強引な条例を作ってからに。議会が出来たらこうは行きません! 傲慢な藩閥政府なんて、私の演説でこてんぱにして、」
「もし、条例が尾崎さんに適用されたとしたら、どんな気持ちになりますかね」
「……?」
尾崎はきょとんとします。
何やら変な質問です。
そう、まるで、尾崎が保安条例で東京から追い出されると予見しているかのような。
違和感こそ覚えましたが、ごくごく普通に答えます。
「東京から追い出されたとしても、私は政府批判を止めませんよ! それが尾崎行雄の生き様です!」
「条例に逆らうつもりはありますか?」
「そうだなあ。……そのときになったら考えましょう!」
「……なるほど」
彼は何やらメモをして去りました。
「うーん?」
彼は知っていたのです。
尾崎が、保安条例の対象者となっていたことを。
仕事が終わり、尾崎は人力車に乗って帰宅しました。
さて家についたと人力車から降りたそのとき、
どこからか潜んでいた警官二人が、尾崎を止めました。
「尾崎行雄ですね? あなたに保安条例が施行されました。ご説明いたしますので、至急、警視庁にご同行ください」
◯◯◯
東京から退去させる条例、保安条例。
急ごしらえの条例は、尾崎行雄のとある発言が原因でした。
前話で尾崎は酒に酔っ払って、「東京に火をつけてやる!」と荒唐無稽な提案をしていましたね?
新政府は用心深いので、大同団結運動の参加者にスパイを紛れ込ませていました。
尾崎のやばい発言はまたたく間に新政府に伝わりました。
尾崎行雄は主義主張こそ強硬ですが、子ども時代から病弱だったせいか、暴力沙汰は得意ではありません。
彼の過去を知っていれば、東京大火事テロ行為発言は、ただの冗談と理解できるでしょう。
ただし、当時の新政府の人達は、尾崎行雄は過激な発言ばかりをするヤバい人だと認識していました。
こいつなら火をつける可能性があると判断した新政府は、東京から追い出してしまえと、保安条例を急ごしらえで成立、即座に適用したのです。
過激発言の張本人ですので、警官二人には、とある密命を受けていました。
尾崎行雄が連行を拒否するのならば、切り捨てても構わない、と。
警官たちは緊張のあまり、顔が真っ青になってました。
しかし、尾崎は少し考えた後、こういったのです。
「わかりました。ついていきましょう」
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