⑤
結局のところ、第二次大隈重信内閣は特に素晴らしい政策もできず、泥をかぶるだけかぶって解散しました。
酷く辛い日々の回想を終え、尾崎はぼうっと海を眺めていました。
海の彼方に、陸地が見えてきました。
その直前に、船の中が慌ただしくなってきました。
ヨーロッパ大陸が近いです。
きっと、勝利に酔うヨーロッパ各国を見れば、尾崎の憂鬱な気持ちも和らぐでしょう。
尾崎は救いを求め、ヨーロッパの地に足を踏み入れました。
その途端。
尾崎は、絶句しました。
「なんだ、これは」
違和感はありました。港に、荷積みをする男の数が異様に少なかったのです。
大地に一歩踏み出した途端、
尾崎は、絶句しました。
第一次世界大戦の戦勝国、フランス。
戦前は沢山の人々の笑顔であふれていました。
歓談をする女性たち。
道端で商売をする青年。
教会へと向かう敬虔な信者たち。
尾崎が、日本のモデルにしたいと思っていた、
それらがすべて、
――存在していませんでした。
町には、攻撃を受けたあとが至る所にあります。
道行く女たちは、暗い表情で足早に歩いています。
路地にいる怪我をした男たちは、戦地から帰還した兵士でしょうか。
ボロボロの服を身にまとい、小銭をせびっています。
ですが、ここはまだマシでした。
次の来訪地は、ヴェルダン。
ドイツとの国境沿いにあり、激しい戦闘が繰り広げられた土地です。
ヴェルダンは森林が広がる土地でした。
しかし、今は違います。
木々はまるで草を刈ったように、膝上のところで切られています。
どうみても、自然のいたずらではありません。
砲弾によって、切られていたのです。
足元をみれば兜や剣が散乱し、塹壕がいたるところに掘られています。
戦場には、土地を守れた喜びは一切感じません。
ただただ、無機質な鉄と鉛が転がっています。
……別の戦場にも、いきました。
そこの木々は、枯れ果てていました。
ガイドの人が教えてくれました。
「第一次世界大戦ではじめて使われた毒ガス。あれのせいですよ。植物が枯れてしまったんです」
「……鳥の声が、聞こえませんね」
「……ええ……」
ガスは兵隊を殺し、罪のない動物を殺し、植物を殺しました。
ありとあらゆるものを殺し、
ありとあらゆるものを絶望におとしめ。
その結果が、あの港町です。
……。
……。
…………。
尾崎は、呟きました。
「一体、……この戦争は、誰のために行われたんでしょうか」
億兆ものの国家の金はチリと化し、何百万、何千万という良民は死傷してしまいました。
その結果はなにか。
誰もが苦しみ、悲しみ、呆然としています。
戦争により、誰が幸せになり、誰が喜んでいるのでしょうか。
誰も、いません。
「……」
昔。
日清戦争のとき。
次々と訪れる日本快勝の知らせに、尾崎は狂喜し、もはや首都北京に進軍すべしと声高らかに訴えました。
尾崎は、戦争の現実を、悲惨さを、理解していなかったのです。
このような戦争がまた起きれば、世界の文明は滅び、人類は絶滅しかねません。
死に絶えた大地で。
尾崎は、決意しました。
戦争なぞをこの世界から撲滅する。
それが、日本の役目なのだ、と。
尾崎の強かな思いは、
勝利の味しか知らぬ日本政府には、届きませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます