結局のところ、第二次大隈重信内閣は特に素晴らしい政策もできず、泥をかぶるだけかぶって解散しました。


 酷く辛い日々の回想を終え、尾崎はぼうっと海を眺めていました。


 海の彼方に、陸地が見えてきました。


 その直前に、船の中が慌ただしくなってきました。

 

 ヨーロッパ大陸が近いです。


 きっと、勝利に酔うヨーロッパ各国を見れば、尾崎の憂鬱な気持ちも和らぐでしょう。


 尾崎は救いを求め、ヨーロッパの地に足を踏み入れました。


 その途端。


 尾崎は、絶句しました。


「なんだ、これは」


 違和感はありました。港に、荷積みをする男の数が異様に少なかったのです。


 大地に一歩踏み出した途端、


 尾崎は、絶句しました。


 第一次世界大戦の戦勝国、フランス。

  

 戦前は沢山の人々の笑顔であふれていました。


 歓談をする女性たち。


 道端で商売をする青年。


 教会へと向かう敬虔な信者たち。


 尾崎が、日本のモデルにしたいと思っていた、


 それらがすべて、


 ――存在していませんでした。


 町には、攻撃を受けたあとが至る所にあります。


 道行く女たちは、暗い表情で足早に歩いています。


 路地にいる怪我をした男たちは、戦地から帰還した兵士でしょうか。


 ボロボロの服を身にまとい、小銭をせびっています。


 ですが、ここはまだマシでした。

 

 次の来訪地は、ヴェルダン。


 ドイツとの国境沿いにあり、激しい戦闘が繰り広げられた土地です。


 ヴェルダンは森林が広がる土地でした。


 しかし、今は違います。


 木々はまるで草を刈ったように、膝上のところで切られています。


 どうみても、自然のいたずらではありません。


 砲弾によって、切られていたのです。


 足元をみれば兜や剣が散乱し、塹壕がいたるところに掘られています。


 戦場には、土地を守れた喜びは一切感じません。


 ただただ、無機質な鉄と鉛が転がっています。


 ……別の戦場にも、いきました。


 そこの木々は、枯れ果てていました。


 ガイドの人が教えてくれました。


「第一次世界大戦ではじめて使われた毒ガス。あれのせいですよ。植物が枯れてしまったんです」

「……鳥の声が、聞こえませんね」

「……ええ……」


 ガスは兵隊を殺し、罪のない動物を殺し、植物を殺しました。


 ありとあらゆるものを殺し、


 ありとあらゆるものを絶望におとしめ。


 

 その結果が、あの港町です。


 ……。


 ……。


 …………。


 尾崎は、呟きました。


「一体、……この戦争は、誰のために行われたんでしょうか」


 億兆ものの国家の金はチリと化し、何百万、何千万という良民は死傷してしまいました。


 その結果はなにか。


 誰もが苦しみ、悲しみ、呆然としています。


 戦争により、誰が幸せになり、誰が喜んでいるのでしょうか。


 誰も、いません。


「……」


 昔。

 

 日清戦争のとき。


 次々と訪れる日本快勝の知らせに、尾崎は狂喜し、もはや首都北京に進軍すべしと声高らかに訴えました。


 尾崎は、戦争の現実を、悲惨さを、理解していなかったのです。


 このような戦争がまた起きれば、世界の文明は滅び、人類は絶滅しかねません。


 死に絶えた大地で。


 尾崎は、決意しました。


 戦争なぞをこの世界から撲滅する。


 それが、日本の役目なのだ、と。


 尾崎の強かな思いは、


 勝利の味しか知らぬ日本政府には、届きませんでした。

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