4章 Go Ing My Way!! 尾崎行雄っ!!

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 八月十五日。


 日本は、降伏しました。


 それは、全ての常識がひっくり返る日でした。


 軍人や大政翼賛会の候補者を崇め奉っていた新聞は手のひらを返して軍部を盛大に攻撃し、古臭い思想と唾棄されていた民主主義が盛大に歓迎されました。 

 

 尾崎行雄も、同様に、立場がぐるりとひっくり返りました。


 尾崎行雄が朝の散歩にでもと外に出ると、戦争中に軍部や翼賛会に迎合していた議員が列をなして尾崎を出迎えていたのです。


「尾崎さん! これからの日本はいかにして動かすべきでしょうか! 是非ご教授願いたいです!」

「軍部の圧力にも屈せずに民主主義を貫くとは、さすが尾崎さんです!」   


 誰も彼もが大げさに褒め、大げさに日本の前途を問いてきます。 


 彼らの中には、ほんの少し前まで、尾崎を国賊と罵っていた人物もいました。


 変わり身の早さに、尾崎は思わず苦笑します。


 これが犬養でしたら、持ち前の嫌味を炸裂させて悦に入るでしょう。


 普通の人なら、高齢だから未来のことは分からないと戸惑うことでしょう。


 尾崎も、既に90歳弱。


 もう隠居して良い年齢です。いえむしろすべきです。


 しかし!


 尾崎は、90になっても尾崎であり続けます。


 新聞社や政治家の問いかけに、尾崎はとんでも自説を張り切って宣言するのです。


「まずは軍事費を完全撤廃し、国民のために全額つぎ込むべしでしょう」


 これは戦前からの尾崎の意見です。


 周りの人たちは曖昧に頷きます。


 まさか彼らも、アメリカが考案した日本国憲法で軍隊を手放すことになるとは考えていなかったでしょう。


 預言者となった尾崎ですが、続いての゙言葉は、未来人である私達もドッキリビックリな発案でした。


「そもそも、軍隊が必要とされているのは、それぞれの国々が文化の違いで争っているせいです」


 すでに尾崎は、はるか彼方未来を見ています。


「三度目の戦争を絶対に起こさないために、まずは国家というものをなくしましょう」


 尾崎の周囲にたかられていた男たちは、ポカンと口を開けます。


「……へ? く、国を……?」


 尾崎は自信満々に頷きます。


「はい| 国境のない世界連邦を作れば、この世界から戦争は全滅するでしょう|」


 共産主義者もびっくりな思想です。


 先進的すぎて、もはや夢物語です。


 確かに、ほとんどの戦争は、国家の枠組み、ナショナリズムの固執により発生してしまいます。


 今回の太平洋戦争でしたら、中国を謎に下に見ていたせいで、アメリカに手痛い制裁を食らう羽目になってしまいました。


 ですので、国境をなくせば、理論上なくなりそうではあります。


 ですが、人間という生き物は、そううまく理想を貫けるでしょうか?

 

 言語の壁も通貨の壁も、国家体制の壁もどうにかしなくてはならないのです。


 まあ無理でしょう。


 絶対に無理でしょう。


 あと五回くらい世界大戦が起これば、実現するかも知れませんが、その前に人間が滅びそうです。


 尾崎の取り巻きも、「あはは」と苦笑いします。

 

 そろそろと、尾崎から遠ざかります。


「で、では、尾崎さんもお忙しいようですので、一旦引き上げますね」

「そ、それでは|」


 そくさくといなくなってしまいました。


 尾崎はむう、と唸ります。


「まだ話し足りないのに」


 うっかりして、大政翼賛会の人々に言いたかった一番のことを話せなかったです。


 尾崎は、いの一番に、こう言いたかったのです。


「全議員は、次の選挙で立候補すべきではありません。戦争に負けてしまった責任は私達にもありますから」


 尾崎も第一議会から当選し続けた唯一の議員ですが、今回の選挙は棄権するつもりです。


 戦争に少しでも関わった人物は、例え戦争に反対していたとしても、今回の選挙は出てはいけません。


 ですので、尾崎は天皇陛下も退位すべきだと主張していました。


 実際に天皇陛下にお会いする機会がありましたので、直に伝えました。


 天皇陛下退位の問題は、政府内でも揉めに揉め、結局のところマッカーサーが寛容であったために、退位を免れました。


 陛下に責任を被せずにすみ、政府高官らはほっと胸をなでおろしたのでしょう。


 そんな政府高官の苦労を全く知らない尾崎は、堂々と退位を要求してきたので、陛下は苦笑しました。


 尾崎も尾崎で、何を笑っているんだと憤慨したのですから、なんというか、尾崎らしいというべきか……。


 尾崎はぶーぶー文句を言っていますが、当の本人は当の本人で、本小説のタイトルであった「Go Ing My Way」を守りきれなかったのです。


 これが、自らの意志を大きく曲げた最後でした。


 総選挙当日。


 大政翼賛会の後押しで当選した人物は、軒並み払拭されました。


 婦人にも選挙権・被選挙権が得られましたので、女性も当選しました。


 新しい風がびゅんびゅんと吹くなかで、


 尾崎行雄が、当選しました。


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