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さてはて、なぜ尾崎行雄はたった三ヶ月クビになったのでしょうか。
これから様々な政治団体を追い出される尾崎行雄ですが、さすがに今回は彼のせいではありせんでした。
時は明治十四年。
板垣退助やら何やらが「国会開設せよ!!!」「じゃなきゃ新成分ぶっつぶす!」と騒動を起こしていましたので、新政府は重い腰をあげて、国会開設の準備をはじめていました。
ただ、どのような議会制度にすべきか検討がつきません。
そこで、新政府のトップ集団は意見書を提出しました。
ほぼみんな真面目ですので、素早くまとめて提出しました。
所詮は権力者ですので、漸進的な意見ばかりで、民間が訴える政党内閣まで踏み込んでいません。
ですが、大隈は違いました。
まず、大隈は中々意見書を提出しませんでした。
早く出しなさい、と忠告されて、大隈は
「秘密にしてほしいのであるんである」といって、意見書を出しました。
これがとんでもなく急進的で、政党内閣バンザイの内容でした。
提出された側は戸惑い、秘密にしてくれと懇願されたのを無視して、いろんな人に見せました。
大隈の意見書に激怒したのが、当時彼と仲良しだった伊藤博文でした。
当時の……何度もいいますが、「当時」の伊藤と大隈は同じ屋根の下で寝食をともにする仲で、二人で新政府の改革を次々と進めていました。
意見書提出の前も、伊藤は大隈と会談し、漸進的な方向で西欧化を進めようと約束したばかりでした。
にもかかわらず、大隈は急進的な意見を伊藤と相談せずにどどんと提出したのです。
裏切り行為だと伊藤は怒りましたが、大隈が頭を下げたので、一旦は事態が収まりました。
しかし、二人の間に不協和音が流れ出したのは事実です。
二人の不和が一気に表面化したのは、北海道開拓使払い下げ問題でした。
開拓使が千四百万円もかけた官有物を、わずか三十八万円、無利息三十ヶ年賦で薩摩出身の五代友厚が経営する商会へ払い下げた問題です。
開拓使の長官は薩摩の人間でしたので、これは忖度ではないかと批判が集まりました。
一見、佐賀県出身の大隈とは関係ないように思えますが、報道したのが大隈系の新聞社、批判活動をしていたのが彼の友人である福沢諭吉であったのが運の尽きでした。
薩摩の人間たちは、「大隈が裏で手を回して政府を打倒しようとしているに違いない!」と怒り狂いました。
伊藤も、意見書の件が有りましたから、彼のことを完全に信用できなくなってました。
あらゆる人達の疑惑をうけ、大隈は政府から追い出されてました。
けれど、伊藤博文は大隈のことをよく理解していました。
彼は政治能力がかなり秀でております。
特に、優秀な人物を取り巻きにする能力がけた違いでした。
大隈の残滓が政府内にいれば、大隈は政府の影響力を陰ながら保持してしまうでしょう。
伊藤は決断しました。
大隈の息が少しでもかかっている連中は全員首にしてしまえ!!!!!!
なんだって? 統計院の人事は大隈が握っていた?
ならその組織にいる連中は優先的に首!!!
……そんなわけで、尾崎は巻き込まれ事故で首になったのでした。
ちなみにですが、尾崎は大隈と関わりがありませんでした。
むしろ、「大隈なんぞ部下が優秀だから偉ぶっていられるんだ! 実際はただの老いぼれのくせに!!」と謎の思い込みをしていました。
首になった後に、ようやく大隈と知り合い、「あれ、意外と立派な人だなあの人」と思うようになったのです。
完璧に流れ弾にあたった尾崎行雄ですが、同じく大隈と面識がないのに首になった哀れな若者がいました。
犬養毅です。
彼はいわれのない罪で首になり、相当イライラしていました。
特徴的な太い眉をこれでもかと歪ませています。
東京のど真ん中ですので、道行く人もハイカラなお洋服を身にまとっています。
ふっはっは、吾輩は欧米文化の体現者であるぞと杖をつく若人も、犬養の鬼気迫る徒歩をみるとひええと横によけました。
犬養に残された道は、二つです。
新政府に追い出された腹いせに、大隈重信の軍団につくか。
政治から一旦遠ざかり、体を休めるか。
ジジイならともかく、まだ若い犬養は後者の選択肢は即座に切り捨ててしまいたいでしょう。
ですが、残りもう一つの道も、選ぶのに躊躇していまいます。
伊藤が完全に新政府を掌握した今、大隈についてしまえば、政治的な圧力にさらされる率百五十%です。
大隈一派は自分を派閥に入れたいと誘っていましたが、連中の誘いに乗ったら最後、勝てるかどうかも怪しい新政府との戦いに身を投じなくてはなりません。
大隈と面識もないのに!!! 尽くしたいともチリほど思っていないのに!!!
されど、誤解を解いてもらえる方策は考えられません。
犬養は舌打ちします。
近くにいた通行人がこれまたビビって遠ざかります。
政府に入る前からやっていた新聞社で、呑気に執筆活動でもしようか。
諦めて大隈につくか。
どうするか……。
悩んでいた犬養に、
ある、運命的な出会いが突如としてやってきました。
「いーぬーかーいーさん!!!!!」
突如の大声。
知らない声色。
突き飛ばされる体。
運が悪いことに、犬養がこけたのは下り坂でした。
「うお!!??」
「ぎゃああああ!!!」
ぐるぐるぐるぐるともみくちゃになって、下へ落ちていきます。
坂下の家にぶちあたり、ようやく犬養は止まりました。
「いっ……!」
「あいたたた……。大丈夫ですか、犬養さん?」
青年は犬養を押し倒したまま、心配しております。
「一年は動けないな。精神的な苦痛も凄まじい。国家予算半分の慰謝料がほしいな」
「え? すみません。よく聞こえませんでした」
渾身の嫌味が、さらっと流されてしまいました。
「そんなことより犬養さん!!」
彼は、満面の笑みで手を差し伸ばしました。
「はじめまして、私は尾崎行雄! 友達になりませんか!」
太陽の光に照らされ、尾崎の笑顔がキラキラと輝きました。
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