四
大同団結運動に立憲改進党が参加しないと聞いて、元自由党連中はいきり立っていました。
そりゃ、ちょっと向こうの幹部を瀕死にしましたが、それと大同団結運動とは話は別です。
いきり立つ党員たち以上に、いきり立ちに立ち、富士山の山頂で腕組みするほど怒っていた人物がいました。
そう、大同団結運動の発起人、星亨でした。
「あの偽党どもめ! 高みの見物を決め込むつもりか! ふん、所詮はその程度の政党! 政府を倒した後は、あいつらをぎったぎたのぼっこぼこに」
「ほ、星さん!!!」
星の舎弟がバタバタと走ってきました。
「り、立憲改進党の尾崎が、尾崎が!」
「尾崎行雄か?」
尾崎行雄といえば、自由党批判の記事をうざったく書いていた若者です。
「幹部のお返しにでもしにきたか」
だったら、十倍返し、百倍返しにするだけです。
殺気立つ党員たち。
その中に、のんびり空気の男がまじっていました。
「あっはっは。私は乱暴な真似はできませんよ」
隣にいた人が、うおっ!? と体を跳ねます。
「お、尾崎行雄!!??」
さあっ、と人が避けました。
警戒の視線を一身に受けていましたが、尾崎はきょとんとしています。
「どうしたんですか、皆さん」
「……お前が尾崎行雄か」
名前を呼ばれ、演壇を見上げました。
でっぷりと肉づきがよい男でした。
袴も着崩しており、眼鏡の奥に光る眼光はとんでもなく荒々しいものでした。
「えっと……。あなたは?」
「星亨だ」
「星亨……。星亨!?」
インテリイメージだった星亨像がガタガタと崩れていきます。
日本初めてのバリスタで、英語も堪能な男が、こんなにもヤクザじみているとは露ほど思いませんでした。
星はぎろりと尾崎を睨みます。
「ならば、何をしに来た。議論か?」
「普通に大同団結運動に参加しに来ただけですけど……?」
「なに? 立憲改進党は党として大同団結運動には参加しないと聞いていたが」
「ええ! 党内の人たちは行きたがらなかったので、一人できました!」
尾崎は満面の笑みで手を差し伸ばします。
「改めまして、立憲改進党の尾崎行雄です! 今後ともよろしくお願いします!」
「……」
星は、尾崎の手を一旦は無視します。
「お前が大同団結運動に参加したとしても、俺はこの前の件を謝らないぞ」
「まっ、あれはどっちもどっちでしたし」
明治維新は武士がはじめたものと言われています。
民権運動に参加していた者たちも、多くは士族出身者でした。
ですが、星は江戸生まれの町人でした。
維新の世ですので、誰も彼も、口では町人も武士も農民も関係ないと言います。
とはいえ、個々人の内心までは、まだまだ変えられませんでした。
立憲改進党の幹部さんは、星におちょこを突き出し、「おい百姓、つげ」と言ったのです。
ちょっとした冗談のつもりだったのでしょうが、彼はものの見事に星の地雷を踏み抜きました。
尾崎は肩をすくねます。
「さすがに瀕死にするのはやり過ぎですが、あの人もあの人で少々口が悪かったので、喧嘩両成敗ですね」
「……」
「それよりも、大同団結ですよ! 私も私で、自由党を相当批判していた。ですが、今の政府の傍若無人なやり方は納得できません。よりより国をつくるため、に協力させてほしいです!」
「……」
星は疑い深く、探りの目を向けます。
なにか他に魂胆があるのではないか、運動に参加すると見せかけて、内部から崩そうとしているのかもしれません。
しかし、星は不安を切り捨てます。
言論が得意だとしても、尾崎は単身で乗り込んできているのです。
不穏な動きを見せたら、すぐに対抗措置をとればよいのです。
それに、尾崎がこちらについてくれるのなら、立憲改進党を引き込んだと喧伝できます。
星の名声も、高まることでしょう。
もともと、星が自由党に入ったのは、板垣さんの洋行問題で揉めていた時期でした。
政府に金をもらうなんて! という感情論もさることながら、板垣洋行中の資金繰りの不安も囁かれていました。
そこで、板垣さんは星に、自由党に入ってほしいとすすめてきました。
いつの日か、日本は政党内閣を選択することになるでしょう。
ならば、今から政党の中心部に入れば、いずれ国政を動かせる立場に君臨できます。
星は承諾し、自由党に入党しました。
西欧の政党を見聞きしていた星でしたので、自由党の現状を目の当たりにしたとき、それはそれは驚きました。
当時の政党は、ただの烏合の衆でした。
党の資金はなく、板垣まかせでした。
金を持っている奴らは気まぐれに部下に金を渡して、偉そうにふんぞり返っておりました。
このままでは、政党内閣どころか、政党としての存続も危うい状況です。
星は、まず党の資金を明瞭にしようと、党員らから寄付金を集め、これを公表しました。
そして、星のバリスタ仕事で出来た金をせっせと党内に流しました。
金の力は偉大でした。
荒くれだらけの党内でしたが、金を持っている星は入党当初から幹部級の立場となりました。
ですが、彼が政府批判の言論で捕まっている間、自由党員による暴行事件が多発し、自由党への風あたりが強くなってしまいました。
矢面に立つべき板垣も、理想と現実の間に苦しみ、地元に引きこもってしまいました。
このままでは、星が尽力した自由党が崩れてしまいます。
ならば、他の政党も巻き込んで政府と戦おうと、大同団結運動を打ち立て、立憲改進党を誘いましたが、プライドの高いあいつらは全く誘いに乗りませんでした。
しかも、星と個人的に仲が良く、かの伊藤博文とのつながりがある陸奥宗光に手助けを願いましたが、断られてしまったのです。
このままでは、自由党の再興も厳しいと懸念していたときに、尾崎がやってきてくれたのです。
いまは尾崎一人ですが、大同団結運動が盛り上がれば、尾崎に引っ張られて、出てくるに違いありません。
星は、あれやこれやと考えた後、眼の前に出された尾崎の手をとりました。
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