意気揚々と立憲改進党の本部に帰ってきた尾崎でしたが、党員たちの冷たい目が出迎えました。


 一人の党員が冷たく言います。


「自由党との会合はどうだったか? さぞ楽しかったことだろう?」


 その言葉に皮肉が含まれていると、尾崎は察しました。


 けれど、尾崎は気づかないふりをします。


「ああ、星は想像以上に荒くれ者だったが、頭は切れる。あの男は本気で大同団結運動をやり切ろうとしているらしい。なんと、あの後藤象二郎を引っ張り出してくれたぞ」

「後藤……象二郎!?」


 板垣と同じく土佐出身の維新功労者です。

 

 板垣と同じく、明治六年の政変で政府を下野、民撰議院設立建白書に名を連ねました。


 板垣との違いといいますと、第一に挙げられるのは、彼が現在お金持ちだったことでしょう。


 板垣は自身の資金を全て自由党に差し出していましたので、手持ちの財産はほとんどなく、貧乏ぐらしをしていました。


 ですが、後藤は立派な別荘を建てるほどに、お金に余裕がありました。


 どうせだし、国の偉業をさらにやり遂げたいと向上心に溢れていたところ、星が声をかけ、大同団結運動に参戦してくれたのです。


 嫌味な党員は、後藤の名を聞いて見るからに戸惑いました。


「そ、そうか……。なるほど。後藤を引っ張り出したのか……」

「ええ! 後藤さんは天皇陛下に謁見できる立場にあります。政府も無下にはできません!」


 党員たちは顔を合わせます。


 彼らの心のなかには、ある思いがよぎります。


 もしかしたら、大同団結運動は成功するかもしれない、と。


 瞬く間に空気を変えた尾崎を、犬養はじっと見つめていました。


◯◯◯


 いくら後藤象二郎を呼び出したからと言って、やはり自党の幹部をギタギタのボコボコにした件はなかったことにできません。


 結局、立憲改進党で大同団結運動に参加したのは、尾崎行雄ただ一人でした。


 単身で他党の人たちの中に入っている尾崎ですが、いつものごとく、堂々としています。


「星さん星さん! さっそく、政府に乗り込みましょう! 地租軽減! 適切な条約改正交渉! それにそれに、言論の自由を突きつけましょう!!」

「分かっている。だが、連中に意見を通すには、段階を踏む必要がある」


 星はあぐらをかいて、たばこをスパスパ吸う。


「そうだな。伊藤博文や井上馨に直接会うのが一番いいのかもしれないが、どうせ居留守を使われる。ならば、後藤さんを陛下に謁見させ、大同団結運動の意志を伝えよう」

「賛成!」


 さてさて、結果はいかに……!!


 作戦翌日!


「駄目でしたね……」


 駄目でした。


 会えませんでした。


「ならば、会えるまであたるまでだ」


 二度目の謁見作戦実行!

 

 結果!


 失敗!!


 上奏文だけは受け取ってくれましたが、ちゃんと読んでくれたかどうかは微妙なラインです。


 またもやみんなで作戦会議です。


 陛下に会えるまで何度も何度も行くのはどうだろうか、いやそれで会える保証はないだのなんだのとモダモダしていると、星が意見をぶん投げます。


「陛下の謁見を許可しないのは、間違いなく伊藤博文らが宮中に手を回しているせいだ」


 違いない違いない、と野次が飛びます。


 星はニヤリと悪い笑みを浮かべます。


「ならば、連中に俺等の本気を叩きつけてやろう」


 星は中々にかっこいい案をだしました。


「日本全国から有志をあつめて、二重橋前に整列させてやろう。国民の後ろ盾があると証明できれば、連中も態度を改める」


 華麗な作戦です。これには尾崎も感動しました。


「いいですねいいですね! それでいきましょう!!」


 成功したら、後の世まで語り継がれる美談となることでしょう!


 はい、令和の世に語り継がれていない時点で皆様お察しですね?


 内容自体はよかったのですが、残念なことに、失敗しました。


 三千人集めよう! と意気込んでいましたが、来た人たちは数百人程度。


 しかも、集合日時をしっかり決めていませんでしたので、早く来すぎる人や、遅れてくる人たちが続出しました。


 またまた、皆で作戦会議です。


 しかし、いい案がまったく出ません。


 全く出ないので、鬱憤晴らしに酒盛りがはじまりました。


 星は後々になると、飲酒が体によろしくないと知り禁酒しますが、今の時期はまだガバガバ酒を煽ります。


「ったく、これだから藩閥どもは……。誰から税金を徴収していると思っている? 国民だぞ国民。ならば、国民の意志を尊重しろ」


 尾崎もほどよく酔っ払っています。


「ほんとほんと! その通りです!! 縁故のある者には安値で土地を与え、貧乏人には金をむしり取る! 許すまじ、です!!」


 ぽん、と尾崎は手をたたきます。


「そうだ! いい作戦考えましたよ! 思い切って、三、四十人で手分けして火をつけて、東京中を火の海にしましょう! そうすれば役人も宮中に参内しますから、それを殺したい人は殺すのも良い、軍資金がほしいものは大蔵省の金庫を襲ってしまいましょう!」

 

 実現可能性がどう考えてもゼロですが、絵空事の物語としては面白い案です。


 酒に酔った連中も、「そうだそうだ! それでいこう!」と賛成します。


 結局のところ、良さそうな案は全く出ず、その場で解散しました。


 気持ちが良くなってキャッキャとはしゃぐ尾崎たちは、気づきませんでした。


 顔を真っ青にした怪しい男が、早足でどこかへ向かっていることを。


 

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