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桜は、無事にアメリカに届きました。
病虫害の検査も合格。
ちょうど桜の時期に、日本から長旅をしてきた木々はポトマック河畔に植樹されました。
このとき一番にクワをとったのは大統領夫人でした。
アメリカはお礼として、はなみずきなど数百本の苗木や種子を送ってくれました。
アメリカからの友好の種は、公園や学校などに植えられました。
桜の成功に安堵した尾崎は、国政に集中すると告げて、東京市長の座をおりました。
東京市長時代の尾崎は、それはそれは大変な困難に見舞われました。
仕事はもちろんのこと、最愛の妻を亡くし、私生活も苦難が訪れました。
ただし、楽観主義の人には幸運が訪れるのでしょうか。
多忙な中、彼はとある女性と出会いました。
きっかけは、手紙の送付ミスでした。
いつものとおりに手紙を開封すると、内容に非常な違和感を覚えた尾崎は、再度封筒の宛名を確認しました。
確かに姓の部分には「尾崎」と記入してあります。
ですが、名前が違います。
名前の部分には、「英子」とありました。
なんとなんと、同姓の女性にあてられた手紙だったのです。
尾崎は勝手に手紙を開けてしまったわびを入れに、彼女の家を訪問しました。
そこから、彼女と尾崎は親交を深め、見事、結婚にまで及んだのです。
彼女は尾崎英子の名ではありましたが、「英子」は日本名で、本当の名前は「テオドア」でした。
日本人と外国、具体的には英国人のハーフでして、日本では英国公使館婦人の秘書をしていました。
尾崎は英語がそれなりに出来ましたので、彼女と相性バッチリです。
不思議な縁は手紙送付ミスだけでありませんでした。
彼女の父親は日本人ですが、なんとなんとの奇妙なめぐり合わせ、この日本人の名前は尾崎三良。
明治初年に政府に入り、英国に留学し、帰国後は明治政府の法制整備に勤めたお人でした。
その法律のなかに、尾崎行雄が怒り狂った新政府の言論討伐条例、新聞紙条例が含まれていました。
それだけならまだしも、尾崎が東京を追い出された、保安条例の立案者でもあったのです。
なんということでしょう。
尾崎は自分を排斥した人物の娘と結婚したのです!
彼の結婚式には、そういった因縁を知っている人もお呼ばれしました。
義理の父は結婚を喜んでいましたので、皆も祝福したのでしょうが、内心どう思っていたのでしょうか。
もし私でしたら、「やっぱり尾崎行雄って男は少々ネジがぶっ飛んでいるなあ」、と思ったことでしょう。
彼女との結婚のおかげで、尾崎の生活は洋風となり、きちんと時間を守る生活をはじめました。
尾崎関連の書物を読むと、「そのせいで仲間内と交流を深められず、彼は孤立したのではないか」という文章が入っております。
ですが、前妻のときから尾崎は自由奔放で敵が多かったので、あまり関係ないのでは? と個人的には思います。
私生活の苦しみは多少なりとも紛らわせましたが、仕事への自信はしぼんだままです。
彼は、自分が正しいと思うことをやってきました。
けれど、最近は正しいと思ったことをやっても、世間は批判し、大馬鹿者だと指を指して笑われる始末です。
尾崎は、こう思いました。
私は、先に先にと進みすぎている。
だから、皆から嫌われてしまう。
これからは、突き進むのはやめよう。
静かに、時代の波を読み取って動こう。
尾崎らしからぬ決心です。これでは本小説の題名を変えなくてはなりません。
ですがご安心を。
尾崎の性質はそう簡単には変わりません。
それに、時代が彼を求めていたのでした。
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