二
尾崎は、自分が出てもなー、確かに桂のやり方は許せないが、今回は慎重にいきたいなあ、と思っていました。
周りの人に勧められたら、すぐに手のひら返しましたが。
「というわけで!」
尾崎は立憲国民党との共同の会合に出ていました。
「犬養さん! 久々に一緒に働けますね! よろしくお願いします!!!」
「……はあ……」
この前まで憂鬱そうにしていたのに、煽てられればすぐにこれだ、と嫌味をつきたいところですが、犬養はもう面倒臭くなってため息をつきました。
水を得た魚のように、尾崎はうきうきとしています。
「どうしたんですか、犬養さん。ため息なんかついて」
「心労だなあ」
「それにしても、こうして肩を並べて演説するなんて、何年ぶりでしょうか?」
「君が党を離れてから久しくないなあ」
犬養は立派な眉をひそめ、ふんと鼻をならします。
尾崎への個人的ないらだちもありますが、それよりも、尾崎を派遣してきた立憲政友会に腹が立っていました。
現在の立憲政友会の総裁は一応西園寺公望ですが、彼はただの神輿です。
立憲政友会の事実上のトップは、原敬です。
ですので、犬養は原の参加を要求していたのです。
にもかかわらず、立憲政友会が派遣したのは、尾崎行雄でした。
確かに、尾崎は国民的人気がそれなりにあります。
ですが、正直な話、原にとって尾崎は、別にいてもいなくても構わない、何ならいないほうがいい存在でした。
原の魂胆は読めています。
もし桂から立憲政友会に有利な譲歩条件を引き出せたならば、尾崎の意向を無視して政府と妥協。
桂があくまで自身の政党以外を排斥しようものなら、まるで立憲政友会は政府をもとから批判していたのだとばかりに、尾崎の座を乗っ取り、立憲国民党と手を結ぶのでしょう。
自分が利用されていると知っているのかいないのか、尾崎は犬養とともに戦えることに喜んでいました。
いつもどおりの無邪気な尾崎に、いらっとしてデコピンします。
「痛っ! 何するんですか!」
「おや、何の話だ?」
「でこぴん! しましたよね!!」
「おっと。演説の時間が迫っているぞ。ほれ、いくぞ」
「むう……」
ぐいぐいと背中をおされます。
尾崎は額をペタペタ触り、渋々矛を収めました。
今日の演説会、その名も憲政擁護大会は、歌舞伎座で開かれました。
当時の政治家は兎にも角にも金がないので、演説会も有料で、入場料二十銭をとっていました。
興味を持ってくれる人が多ければ多いほど、憲政擁護のための活動資金ががっぽり手に入ります。
桂内閣への批判が高まっていますので、まあ赤字にはならないほどに人が入るでしょう。
さてどうかと思い、犬養は軽い気持ちで汗だくの同志に質問してみました。
「おう、君。どれほど来ているんだ?」
「いや、とんでもないですよ」
「ほお、そこそこ来ているか」
「そこそこどころではありませんよ!」
同志は嬉しいような、戸惑うように笑います。
「人、人、人。人だらけです! 会場内に入れなかった人たちが外にまであふれてしまっています」
「……そんなに来ているのか」
さすがにちょっと驚いてしまいました。
なんと、開場が三時にもかかわらず、午前十時から人が集まっていたとのことでした。
正午には満員になり、会場の周辺にはあふれた民衆で混雑し、付近を走る電車も立ち往生するほどです。
驚く犬養に、同志はぱちりとウインクします。
「尾崎さんと犬養さんの伝説のコンビが、久しぶりに揃って演説しますから、是非聴きたいと殺到したらしいです」
「……」
犬養は思わず黙ってしまいました。
一方の尾崎は、まあ無邪気にキャッキャとはしゃいでいます。
「これほどまでに私達の演説が歓迎されるのなら、桂もぎったぎたのぼこぼこにできますね!」
「……そうだな」
犬養はこう思った。
尾崎が別の政党に加入したのに、まだ自分と尾崎はタッグ扱いされているのか、と。
なんとも複雑な気持ちのまま、犬養は演説台へと向かっていきました。
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