尾崎は、自分が出てもなー、確かに桂のやり方は許せないが、今回は慎重にいきたいなあ、と思っていました。


 周りの人に勧められたら、すぐに手のひら返しましたが。


「というわけで!」


 尾崎は立憲国民党との共同の会合に出ていました。


「犬養さん! 久々に一緒に働けますね! よろしくお願いします!!!」

「……はあ……」


 この前まで憂鬱そうにしていたのに、煽てられればすぐにこれだ、と嫌味をつきたいところですが、犬養はもう面倒臭くなってため息をつきました。


 水を得た魚のように、尾崎はうきうきとしています。


「どうしたんですか、犬養さん。ため息なんかついて」

「心労だなあ」

「それにしても、こうして肩を並べて演説するなんて、何年ぶりでしょうか?」

「君が党を離れてから久しくないなあ」


 犬養は立派な眉をひそめ、ふんと鼻をならします。

 

 尾崎への個人的ないらだちもありますが、それよりも、尾崎を派遣してきた立憲政友会に腹が立っていました。


 現在の立憲政友会の総裁は一応西園寺公望ですが、彼はただの神輿です。


 立憲政友会の事実上のトップは、原敬です。


 ですので、犬養は原の参加を要求していたのです。


 にもかかわらず、立憲政友会が派遣したのは、尾崎行雄でした。


 確かに、尾崎は国民的人気がそれなりにあります。


 ですが、正直な話、原にとって尾崎は、別にいてもいなくても構わない、何ならいないほうがいい存在でした。


 原の魂胆は読めています。


 もし桂から立憲政友会に有利な譲歩条件を引き出せたならば、尾崎の意向を無視して政府と妥協。


 桂があくまで自身の政党以外を排斥しようものなら、まるで立憲政友会は政府をもとから批判していたのだとばかりに、尾崎の座を乗っ取り、立憲国民党と手を結ぶのでしょう。


 自分が利用されていると知っているのかいないのか、尾崎は犬養とともに戦えることに喜んでいました。


 いつもどおりの無邪気な尾崎に、いらっとしてデコピンします。


「痛っ! 何するんですか!」

「おや、何の話だ?」

「でこぴん! しましたよね!!」

「おっと。演説の時間が迫っているぞ。ほれ、いくぞ」

「むう……」


 ぐいぐいと背中をおされます。


 尾崎は額をペタペタ触り、渋々矛を収めました。

 

 今日の演説会、その名も憲政擁護大会は、歌舞伎座で開かれました。


 当時の政治家は兎にも角にも金がないので、演説会も有料で、入場料二十銭をとっていました。


 興味を持ってくれる人が多ければ多いほど、憲政擁護のための活動資金ががっぽり手に入ります。

 

 桂内閣への批判が高まっていますので、まあ赤字にはならないほどに人が入るでしょう。


 さてどうかと思い、犬養は軽い気持ちで汗だくの同志に質問してみました。


「おう、君。どれほど来ているんだ?」

「いや、とんでもないですよ」

「ほお、そこそこ来ているか」

「そこそこどころではありませんよ!」


 同志は嬉しいような、戸惑うように笑います。


「人、人、人。人だらけです! 会場内に入れなかった人たちが外にまであふれてしまっています」

「……そんなに来ているのか」


 さすがにちょっと驚いてしまいました。


 なんと、開場が三時にもかかわらず、午前十時から人が集まっていたとのことでした。


 正午には満員になり、会場の周辺にはあふれた民衆で混雑し、付近を走る電車も立ち往生するほどです。


 驚く犬養に、同志はぱちりとウインクします。


「尾崎さんと犬養さんの伝説のコンビが、久しぶりに揃って演説しますから、是非聴きたいと殺到したらしいです」

「……」


 犬養は思わず黙ってしまいました。


 一方の尾崎は、まあ無邪気にキャッキャとはしゃいでいます。


「これほどまでに私達の演説が歓迎されるのなら、桂もぎったぎたのぼこぼこにできますね!」

「……そうだな」


 犬養はこう思った。


 尾崎が別の政党に加入したのに、まだ自分と尾崎はタッグ扱いされているのか、と。


 なんとも複雑な気持ちのまま、犬養は演説台へと向かっていきました。


   

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