三
憲政擁護の大会は大成功。
他の場所で開いても、常に満員御礼でした。
盛り上がる憲政擁護運動ですが、桂は世論を無視して政治を続けます。
自らの手で生み出した新党がどうにかしてくれると夢想してしまっているのか、立憲政友会へ媚びを売ることもしませんでした。
桂の態度に、とうとう原は見切りをつけました。
憲政擁護大会に、原は参加しはじめたのです。
立憲政友会と立憲国民党を完璧に敵に回した状況で、議会が始まりました。
原は犬養や尾崎らと共に、桂内閣打倒のための作戦会議を開きました。
「立憲政友会は、内閣不信任案を提出する予定です」
皆はすぐに同意します。
尾崎はるんるんで立ち上がります。
「なら!! 私が演説をして、桂をやっつけましょう! そうしよう! おー!」
一人盛り上がる尾崎ですが、原は内心舌打ちしながらも冷静に切り捨てます。
「いいえ、質問責めにしましょう。そちらの方が向こうを追い詰められます」
立憲政友会と立憲国民党の議員数を合わせれば、内閣不信任案は確実に成立します。
この時代の内閣は、不信任案が可決されたとしても内閣を解散する義務はありません。
ですが、原則として、衆議院で不信任案が可決されれば、それを尊重すべきとされています。
桂内閣の命はもはや風前の灯です。
あとは、料理の方法を考えるのみです。
原は頑固として、質問責め戦法を主張しました。
尾崎の表情が不満げになると、原は勝利を確信した笑みで、同席した者たちに視線を送ります。
「では、多数決で決めましょう。多くの議員が質問責めにすることで桂を追い詰めるか、違う方法をとるか。私の意見に賛成の者、挙手」
原が手を挙げると、つられてほとんどの人がつられました。
犬養は、こりゃ原が事前に根回ししていたな、と勘付きました。
ちなみに、犬養には根回ししませんでした。原とは仲が悪いので、仕方ありませんね。
尾崎が夢見ているのは、衆議院で多数をとった政党が内閣を打ち立てる、政党内閣です。
ただし、多数決とは公平にみえて、実に強硬な手法でした。
多数の人物にとっては、自分たちの案が認められてハッピーハッピーですが、少数の意見は切り捨てられてしまいます。
つまり、有力者が多くの人を懐柔してしまえば、少数派の意見を握りつぶせるのです。
尾崎は黙らざるを得ませんでした。
原は勝ち誇ったように冷笑します。
「では、その通りに動きましょう」
桂打倒会議は終了しました。
仲の良い人物同士でつるんで帰っていきます。
尾崎は犬養と帰りたそうにしていましたが、犬養は無視して原に声をかけます。
「やあやあ、原さま。ご機嫌うるおしゅう」
「……用があるなら端的に言ってほしいですね」
原は面倒臭さを隠しません。
適当な世間話で茶を濁します。
尾崎が残念そうにいなくなったのを確認してから、ようやく本題に入ります。
「ところで、尾崎は立憲政友会にお戻りになられたようで。よかったなあ、嬉しいって気持ちが君の無駄にでかい体からあふれているぞ」
「帰っていいですか」
「しかし、経験者から言わせてもらおう。あれは野生の馬だ。誰一人として乗りこなせない。下手に乗ろうとすれば、跳ねて跳ねて、落馬の憂き目を見るぞ?」
原は小馬鹿にするように鼻を鳴らします。
「多数決で決まったことに従えないのなら、党員としての資格がないと判断するまでですよ」
もう話してくるなと態度で示して、早足で去っていきました。
犬養は肩をすくねて、呟きます。
「多数決に従うような男なら、こちらだって苦労していないぞ?」
◯◯◯
桂内閣排斥の日が、訪れました。
事前に情報は漏れていましたので、普段はずる休みする議員たちも全員出席。
二階の傍聴席も人であふれています。
異様な緊張感のなか、桂太郎は冷静に議員たちの様子を観察していました。
ここまで批判されたとしても、自発的に辞めないのだから、卓越した胆力の持ち主です。
さあ、今や相手は無防備です。
すみずみまで料理しましょう!
浮き足だった議員たち。
ですが、残念ながら原に首根っこ抑えられていますので、憲政擁護運動の中心人物はだんまりを続けます。
適当な議員が我こそ桂を討つ男なり! と出陣するも、演説下手くそ男でしたので、何を言っているのかと皆が首を傾げてしまいます。
理由のわからない演説は延々と続き、張り詰めた空気がたるんでいきました。
その中のひとり、尾崎行雄はイライラしていました。
なんだ、あの演説は。
あれでは、むしろ桂太郎を助けてしまいます。
尾崎はイライラ、イライラして、段々とそわそわ、そわそわしてきました。
演説、したい。
ばしりと桂を叱りつけたい。
ですが、原からは演説するなと言われています。
原も尾崎と同じく、衆議院の議員ですので、演説をしてしまえば即座にバレてしまいます。
だけど、演説したい。
けど、やるなと言われている。
しかし……。
「……」
尾崎は、
……何歳になっても、我が道を行く男でした。
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