尾崎は、猛然と立ち上がりました。


「議長っ! 発言の許可をお願いします!」


 議長はたじたじと許可します。


 たるんでいた空気が、一気に引き締まりました。


 ちなみに、原は頭を抱え、犬養はこっそり噴き出しました。


 二人の反応なんて、尾崎は気づきません。


 彼の目には、桂太郎の姿しかっていませんでした。


「桂総理大臣。あなたは、内大臣から首相となった際にも、海軍大臣を決める際にも、詔勅を承っております」


 どうせ桂がまだ若い陛下を操り、詔勅を出させているに違いありません。


 ですが、尾崎は憶測で批判をしません。


 誰の目で見ても、――桂太郎本人からも明らかな事実を指摘します。


「桂首相は、自身が批判をされれば、私のやっていることは陛下のご指示であると言い訳をしております。ですが、それでは陛下に自らの責任をなすりつけることとなります」


 大日本帝国の頂点に君臨するのは、まぎれもなく、天皇陛下です。


 しかし、陛下が直接政治を取り行うことは避けるべきとされております。


 政治とは、変化するものです。


 より発展していこうとする意志と、旧来の形に戻ろうとする意志、その他雑多な意志がそれぞれ引っ張り合い、政治が進みます。


 いくら国内がうまくまとまろうとも、国際情勢が変化すれば、それに合わせる義務が生じます。

 

 過ちが起きて当然の政治に、陛下が関わってしまえば、失敗の責任を陛下が被ってしまいます。


 下手をすれば、無能な君主なぞ不要と、民衆が立ち上がる危険だってあるのです。 


 ですので、日本には行政の長である首相が国の予算や法案を組みたて、国民に拠って選ばれた議員が精査するのです。


 にも関わらず、桂は詔勅を利用し、自分は悪くない、陛下の思し召しがあったから首相をしているのだ、反対する人物は陛下の威光を否定しているのだと訴えているのです。


「首相としてあるまじき行為をしておいて、あなたがやっていることはなにか」

  

 演壇と首相席は、数歩しかありません。


 尾崎は、一歩、桂の方へと進みます。


 まるで、桂を射るように。

 

 尾崎は人差し指を突き出します。


「陛下のかげにこそこそと隠れ、詔勅を銃弾に代えて政敵を倒さんとしているではないですか!」


 その声は龍の咆哮のごとく。


 その姿は、高貴たる孔雀のごとく。


 虎のような眼光で、桂を睨みます。


 桂の顔色がさっと青くなります。


「首相というものは品行方正にして、一挙一度陛下を支持すべき存在です。桂総理大臣。あなたにはその資格は一点たりとも備えていません」


 恭しく、礼をします。


「是非とも、責任を取って辞任することを希望いたします」


 尾崎はちらりと桂の様子を伺います。


 桂はムッツリと口を閉ざしておりました。


 顔色はすぐれないようですが、どっしりと椅子に座っています。


 尾崎は少々残念に思いました。


 桂が尾崎を恐れ、席から転げ落ちてしまうのを夢想していたからです。


 ちぇっと思いながら演壇から降りました。


 ただし、席に帰ると、周りの人たちが尾崎を温かく迎えてくれました。


「いやー、素晴らしい演説だったぞ」

「あの追い詰められた桂の顔! 見ものだったな!」


 褒められれば、素直に喜ぶのが尾崎流です。


「いやいや、ありがとう」


 尾崎の演説を受けて、桂が演壇に進みます。


 あれこれと言い訳をしていましたが、議場の空気はもはや桂に味方していませんでした。


 そのまま、桂は逃げるように議会を停会。


 そのまま。


 桂は、首相を辞任したのでした。


 桂は後に、こう語りました。

  

「自分の政治生命は、尾崎によって絶たれた」、と。

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