二
尾崎はぷくっと頬を膨らませて、嫌味な犬養に文句をいいます。
「こうして犬養さんと付き合っていくうちに、よーく分かりました。あなたは本当に頻繁に毒をはきますね」
「ふっふっふ、心配ない。君も中々だ」
ぱちりとウインクします。
「自由党批判の第一陣で働く君も、大変お上手に毒をはいているぞ」
「犬養さんのほうが上手なのに、あなたは面倒くさがって、表にでないから。あなたがいれば、星なんてイチコロなのに」
「若者に任せているんだよ」
「私と犬養さんは三つしか違わないですよ」
立憲改進党を結成した大隈集団ですが、日本には既に政党が存在していました。
弱小政党の説明は横においておきましょう。
既存政党の中でも、地主らを支持地盤に、精力的な活動を続ける政党集団がいました。
犬養が先程口にした政党、自由党です。
征韓論での対立から、明治六年の政変によって下野した板垣は、「これからの時代は武力ではなく言論」と訴えて、自由党の前身を立ち上げました。
元士族の板垣が頂点でしたので、自由党に属していたのは元士族が多く、荒くれどもの集まりでした。
一方で、立憲改進党はエリートが多かったので、二党はどうにも相性が芳しくありませんでした。
藩閥政府を潰す目的事態は一致していましたが、連合して政府と戦うことはせず、お互いがお互いを潰し合っていました。
立憲改進党のメンバーで自由党を攻撃しまくっていたのは、犬養の言った通り、尾崎行雄先生でした。
自由党も自由党で、負けてはいません。
紙面や演説で、改進党をきゃんきゃん噛みついてきました。
その筆頭が、先程尾崎が漏らした人物、星亨です。
星は、最近自由党に入党しました。
彼は英国留学中に日本人ではじめてバリスタ、つまり弁護士視覚を取得し、数々の裁判をこなしているエリートでした。
彼は自由党を資金面で支えながら、立憲改進党を罵倒しました。
いわく、立憲改進党は偽党だの、偽党は撲滅せよだの。
改進党の幹部は、たんに藩閥政府から追放された恨みをはらすため党を樹立したのだの。
改進党内で知らない人はいないほど、星の名は知れ渡っています。
ですが、尾崎も犬養も、実際に顔はあわせたことがありません。
どんな人なのだろうか、おそらくメガネをくいっとかけて専門用語を誇らしげに語るガリ勉気質に違いありません。
想像してウンウン頷いていると、犬養に笑われました。
「何をうんうん頷いているんだ? あかべこか? あの首をふるおもちゃ。あれに似ているな」
「星はどんな人なのかと思っていただけですよ」
「ああ、星か。……例の板垣さんの帰国パーティーのときに会ってはないのか?」
不機嫌を隠しているかのような淡々とした口調になりました。
犬養の変化に気づかず、呑気に答えます。
「星はいなかったですね。あのときはもう星も入党していたからいたはずですが。しかし、あのパーティーはためになりましたよ! 犬養さんも来ればよかったのに」
犬養は苦笑して肩をすくめます。
当時は若者からそこそこの年齢の人まで、金のある人たちはこぞって洋行をして、海外ではこんな文化があっただのなんだのと偉そうに語るのが一般的でした。
板垣退助も、洋行に挑んだのですが、この資金の出所で非常な問題となりました。
当時の政府は、板垣を懐柔しようとしてか、板垣の洋行費用を政府の予算から出してあげたのです。
これが非常な問題となり、立憲改進党はもちろんのこと、自由党内部でも物議を呼びました。
政府に従う板垣を批判するため、帰国パーティーには立憲改進党の人間は一人をのぞいて出席しませんでした。
そう、どこぞの尾崎行雄をのぞいて。
なぜ参加したのだと苦言を呈する他の党員に、御本人は何が問題か分からないと首をかしげていました。
今だって、素直に「犬養さんも参加すればよかったのに」と答えています。
党内では尾崎の判断でかなりの物議をかもしたというのに。
犬養はこう思いました。
おそらく、尾崎はそういう人間なのだ。
世間体など気にせず突っ走る男なのだと。
尾崎が犬養の毒舌吐きの性格に嘆息するように、犬養は尾崎の長所でもあり短所でもある部分を見極めていました。
二人の会話はのんびりと続きます。
「ですけど、由党が解散してからの星は、大同団結をかかげて、自由党以外の党と協力して政府批判をしようとしていますね」
そうなのです。
実はこのときの自由党、国内に存在していませんでした。
自由党は血気盛んな党員が多く、それが故に暴力沙汰の事件を起こしまくっていました。
責任を感じてか、自党のしくじりに絶望してか、板垣は自由党解党を宣言して、土佐に引きこもってしまいました。
旧自由党の苦境はまだまだ続き、言論で政府を攻撃しようにも、明治十六年には新聞紙条例の改正し、言論弾圧も日増しに強烈になる始末です。
星は苦境を脱却するため、ある奇策に打って出ました。
政府批判を旗頭に、各地にバラける政党を一つにまとめる運動。
俗に言う、大同団結運動でした。
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