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 運命の日、尾崎はイギリスで政治活動をしていました。


 イギリスの政治家たちも、日本の中国での動きに懸念を表明してくれていました。


 特に、中国での門戸開放を主張するアメリカは怒り狂っているとの情報も得ました。


 ですが、アジアの強国である日本への対応は、少々甘いものでした。


 英米の柔和な態度に調子が乗ってしまったのか、……いえ、彼らはきっと、欧米の反応なんて端から気にもしていなかったでしょう、なんと満州国なんてものをこれまた勝手に建国したのです。

 

 日本の動向に、尾崎の気持ちは塞ぐばかりです。


 日本の転落にあわせるように、尾崎の周囲でも不幸が訪れました。


 東京市長時代、突拍子もない出会いから結婚までいたった妻が、病気に苦しんでいたのです。


 悪性の腫瘍ができてしまい、悪くなる一方です。


 日本の病院では、死を待つしかないと言われてしまいました。


 少しでも良くなってほしいと、アメリカの病院に入院させましたが、容態は悪くなる一方でした。


 いつ、妻が死んでしまうのか。


 いつ、日本が英米の地雷を踏んで戦争に至ってしまうのか。


 尾崎の心は深く深く沈んでいました。


 それでも、何もしないで見守ることはできません。


 妻の容態ばかりは医者と妻の生命力を信じることしかできませんが、日本のことならばまだ希望はあると、懸命に動き回っていました。


 そんな、ある日のこと。


 正確にいうと、五月十五日のこと。

 

 尾崎は仕事を終え、滞在先に帰っていました。


 今日もあれこれと日本に圧力を書ける方法を探りましたが、全然うまくいきません。


 むしろ、状況は悪くなる一方。


 尾崎はため息を付きます。


「どうすれば、軍隊は止まってくれるのか……」


 犬養さんは、……どう対応しようとしているのか。


 新聞によると、犬養も犬養で軍部を抑えようと奮闘していました。


 天皇陛下の力をも行使し、状況を収めようとしていたのです。


 けれど、犬養のやり方に軍部が不満を抱いているとの情報もありました。


「全く、何が不満なのか」


 呆れたものです。


「……よし。明日は新聞社の人と話してみよう」


 今更、軍部が欧米の新聞社の言葉に耳を貸さないと分かっていましたが、何もしないわけにはいきません。


 今日はひとまず眠りにつこうと、寝支度を整えていた、


 そのときでした。


「尾崎さんっ!!!」


 慌てた様子で、日本の駐英公使館の人が飛び込んできました。 


 彼の顔色は、真っ青で。


「犬養さんが、軍人にやられて、暗殺されたとのことです!」


 この日。


 尾崎は、最愛の親友を、永遠に亡くしてしまったのでした。


 


 

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