霊事警察
鈴片ひかり
ファイル1 中野区通り魔殺人事件
第1話
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
警察大学校からこれまでの配属先では、着実な勤務により求められた結果を出してきたという自負は少なからずあった。
警察庁のキャリア組として、警部補から始まり現在では警部へと順当に昇進している。
同期たちは地方県警警察署の課長代理を務める者などもいたが、女性は本条陽菜子を含めて2名だったので本庁 行政官としての経験を積ませてもらっていた。
警察署での研修を兼ねた配属では、まるで腫物に触るような扱いで危険と思われそうな業務に携わることはできずにいたことが心残りではある。
そんな陽菜子には、少なからず期待があった。
今度こそ、本当の現場での仕事ができるのではないか?
だが、情報支援室という名前から漂ってくるのは、デスクワークとネットワークに彩られたオフィスワークの香り。
それでも、こんなところで失点を出すわけにはいかない。
警視庁から10kmほど離れた場所にある商業ビルに、その配属先はあった。
唇を固く結び、指定されたビルのエレベーターに乗り二階で降りたのだが。
そこは警察関係の部署とは思えないほどに、私服の職員たちが座り込んでいる。
(情報支援室だから服装には寛容なのかな?)
陽菜子は入口の受付担当らしき女性へ声をかけた。
「本日付けで情報支援室へと配属となりました本条陽菜子 けい……」
「ああ! あなたが陽菜子ちゃんね、うっわ、若い! そしてきゃわわ! かちょうおおおおおお! 例のお姫様、来ましたよおおおおおお!」
奥のドアが開いて課長らしき人物がすたすたと陽菜子へ向けて歩みだす。
周囲の職員たちはその成り行きをじっと見守っているかのようだった。
女性キャリアというだけで、色物を見るような視線を受けてきた陽菜子だったが不思議と嫌悪感は湧いてこない。
課長は、なんというか前時代的な日本人課長といった様子の人物だった。
身長は162cmの陽菜子より低く、頭頂部はバーコード状の毛髪が残り少ない戦力を誇示しているかのようであるが、眼鏡の奥から底光りのする目がじっと陽菜子を凝視している。
思わずその目力に後ずさりしそうになる。
「あっ! ほ、本日付けで情報支援室へ配属となりました、本条陽菜子警部であります!」
敬礼とともに名乗りを上げると、すぐさま警察大学校で教わった通りの返礼、配属に対する命令が課長の口から発せられる、はずだった。
「ああ、そういうのいいからうち。えっと本条さん。とりあえずここで1年業務研修を受けなさいって指示来てるけど、まあ気楽に過ごしてよ」
やる気というものが微塵も感じられないというよりも、想定外の応答に対して脳が追いついていというのが正しい認識だった。
「えっと、え? わ、わたし」
「課長、機捜番の要請来てま~す」
さきほどの受付のきゃぴきゃぴした女性職員が甲高い声で叫んでいる。
(きそうばん? 何のこと?)
ただでさえ警察は隠語、略語の多い世界だ。まだまだ知らない用語があることに、陽菜子は少しだけ知識欲を刺激される。
「今日の機捜番は誰?」
「忘れちゃったんですか課長? 例の事件の影響でうちの課は今余力ないって」
「ああそうだったか、って八神、八神ちょっとこい!」
その時、課長は奥の部屋から出てきた男性に対し、やや粗暴に声をかけるのだった。
だるそうな気配を隠そうともせず、その人はやってきた。
背は高い。180cmちょいあるだろう。
すらりと引き締まった体形ではあるが、いわゆる細マッチョであろうことはすぐに分かる。体幹の落着き具合からも相当に鍛えていることが伺えた。
ぼさぼさな髪をくしゃっとかき上げつつ、その人は課長の前に立った。
「八神、お前は今相棒いなかったな?」
「ああ、橘だったら実家の寺を継ぐんでやめたじゃないですか」
「だったら、ちょうどいい。こちらの姫、じゃなかった、本条陽菜子さんと組め」
「は?」
「ちょうど話していただろう、本庁から業務研修に来るって」
「ああ、そんな話してましたね、でもいいんすか? うちなんかに」
「上からの指示だ。本条君、こいつはまあ口は悪くて態度も悪いが優秀ではあるから、彼についていろいろ学んでくれたまえ、それと佐々木君、本条君に用意していた着替えを」
「は~い! じゃあ陽菜子ちゃんこっちね、ロッカー案内するから」
「え? あっと、そのはい」
強引すぎる流れに圧倒されていた。
きっと堅苦しい挨拶と、嫉妬のこもった目でお世辞を言われる時間が延々と続くのだろうと思っていたからだ。
女性用の更衣室に入ってまず驚いたのが、若い女性が多いことだった。
ちょうど着替えをしているのだが、ギャル風のファッションからスーツへ着替える人や、コスプレ? としか思えないような巫女服をよいしょと来ている少女としか思えないような若い子までいた。
(え? え? 何事!?)
「とりあえず、ここが陽菜子ちゃんのロッカーね」
そこにはちゃんと、本条陽菜子と綺麗な毛筆で書かれた名札が貼り付けられていた。
(綺麗な書体だ、すごい)
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ中に着替えが入ってるから、その制服脱いで着替えてね。うちは基本、支給されたスーツになるから、後5着ほど寮のほうへ送っておくね」
「は、はい」
制服じゃなくパンツスーツなのか。
(警察署での研修じゃ刑事課でさせてもらえなかったから、ちょっとうれしいかも)
陽菜子には違和感が湧き上がっていた。
「なんで、こんなピッタリなの?」
まるで採寸したかのような適合具合。
「ああ、それはしゅご、ってまあいっか。陽菜子ちゃん、えっとあんまりこういうことは言わないほうがいいんだけど、そのがんばらないでね」
「え?」
「うちの課さ、その業務研修に来る人がたまにいるんだけどその、二日ともたないんよ、ああしょうがないんだけどね」
「え? 二日?」
(いったいどれほどハードだっていうの!? 警察学校の過酷な訓練を潜り抜けてきた警察官たちが、二日もたない!?)
「がんばりすぎちゃうとさ、その……はいじ、ごほんなんでもない、じゃね」
「え? いま、はいじんって、廃人になっちゃうって言おうとしませんでした!?」
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