ファイル2 叫びの行方
第6話
中野区通り魔殺人事件は、発生直後から数時間で逮捕というスピード解決であったものの、報道事態はニュースサイトの一文、そして新聞でも小さく取り上げられたのみであった。
聞き込み中に不審な点があり、犯人しか知りえない情報を語ったため職質対応に切り替えた所轄の警察官によって逮捕。
犯人は 青木俊平 21歳 大学生。
この事件において、情報支援室は関わっていないことになっている。
それが陽菜子にとっては驚きであり、事実と異なるのであれば起訴・公判で警察側が嘘の逮捕調書を作成したという流れになってしまう。
「事実は事実として扱うべきです。今なら情報が錯綜したとかで、まだ許してもらえる可能性があると思います」
課長に対して熱弁する陽菜子の立ち位置は、事実を曲げてしまえば担当者が処分されてしまったり、犯人が不起訴で野放しになってしまうことを憂慮するまっとうなものであった。
「本条君。君の言うことは至極最も、正論であり警察官は君の姿勢を模範とすべきであろうとは思うよ? でもね」
「でもねって、ごまかす気ですか?」
「ごまかすも何も、きっと本条君があれこれ訊いてくるだろうと思って取り調べの調書のコピー回してもらったんだよ。はい」
課長は淡々と、底光りのするような目で陽菜子を一瞥する。
「し、失礼します――」
調書の内容は驚くべきものであった。
事件直後から留置場にいたるまでの記憶が欠落しており、いつの間か逮捕されていたと証言しているらしい。
事件逮捕のショックによるものだろうとのことであったが、都合が良すぎると思いある疑いを陽菜子を抱かざる絵を得なかった。
「調書を改竄している!?」
「って言うと思ったんで、八神~説明」
後から入室してきた八神が、不信感で一杯の陽菜子に向き合った。
「記憶が飛んでいたのは、奴が憑依されていたからだ。
俺が逮捕時に見えたのは非常に凶悪な霊に憑りつかれた奴の姿だ。あそこまで入り込んでいると精神がほぼ乗っ取られているため、記憶が欠落しているケースがほとんどだ。
ああいった悪霊とあそこまで融合できるのは、本人も同等のゴミだったってことだがな」
「ひょ、憑依!? ひ、非科学的な根拠を持ち出されても」
「本当に非科学的なのか?」
「え?」
「そもそも科学的であるとするケースにおいて、重要な視点・根拠はどういうものになる?」
「それは、様々な証拠が科学的に証明されたってことです」
「あってはいるが、俺が考える科学的根拠、論拠というものはベースとして、再現性が担保されていることだと思う」
「た、たしかに。再現性こそが科学の根幹となりうる考えだと思います」
「本条は心霊現象には 再現性 がないと考えているのか?」
「心霊現象の真偽はともかく、再現性がないから科学的に否定されているのではないでしょうか」
「その再現性の実証において必要な機材・理論・観測方法が発見されていなかったとしたら?」
「……そ、それは」
「あくまで俺の考えではあるが、再現性がない実験結果には、再現性のない実験結果としての意味とそこから広がる解釈ぐらいしかないだろう。むしろ心霊現象はそうやって扱われている」
「はい」
「今後ある程度の時間が経過すれば、観測方法が確立し霊というものが科学的現象の一つであると証明される時がくるだろう。
そう、再現性のある結果になりうる時がくる。少なくともそう俺は考えているし、その理由は俺が霊を認識しているからだ」
「えっと言いくるめられそうですが、憑依されていたという証明にはなりません」
「ああ、だから今はそれでいんだよ。白黒つけなくていいこともある」
「はい?」
「結果としてあるのは、犯人の青木が逮捕当時の記憶を持ち合わせていないということだ」
「……たしかに調書によれば。じゃあ八神先輩はその、記憶が欠落してそうな憑依状態だからあのような乱暴な対応をしたんですか?」
「犯人を逃がさないためだ」
八神は犯人を挑発し、逃がさないような会話の流れに持っていていた。
だからこそ、簡単に制圧できたのかもしれない。
「分からないことだらけです」
「それが分かればたいしたもんだ。ってことでいいですか課長?」
「あっ話終わった? もうさ家のメルちゃんのキャットタワーを買い換えようと思っててさ、これなんかどうかな?」
「好きにしてくださいよ」
課長はデスクに置いてあるクリップボードを手にし、八神を一瞥する。
「おい八神、今回の要請は所轄番が本庁の手伝いに借り出されて対応できないから、お前と本条君で頼むぞ。不審者情報だそうだ、情報支援室で調査し手掛かりあったら教えてくれだって」
課長からの書類を嫌々受け取る八神は、その情報を見て面倒そうな表情を浮かべた。
「待ってください! 機捜番が、機動捜査隊対応当番の略だったこととか教えてもらってなかったので、その所轄番ってなんですか!? まさか、所轄警察署相談対応当番 ってことじゃないですよね?」
「さすがキャリア組だ、いくぞ本条警部」
「うっ適当に言っただけだのにぃ~」
「はいはい、お仕事お仕事。事件解決して評価上げて予算アップに貢献しておくれ」
課長室から出てきた八神と本条が所轄番の準備を始めるために出発時間を確認しているときだった。
今日は紺色のワンピース姿の美女 白鷺美冬が腕組みをしながら待ち構えていた。
「あんた、今日はうちに来なさい」
「あ? 先週顔を出したばかりだぞ?」
「自覚ないの?」
陽菜子は見る見る顔が真っ赤になっていくのを感じる。
(家に来なさい、って先週? まさか、二人ってそういう関係? そういえば距離が近いかもって思ってたけど! しょ、職場、れ ん あ い!?)
「え? え? お、おふたりって」
「本条、俺のデスクの上にある鞄を持って車で待っていてくれ、すぐに行く」
「は、は、はい!」
逃げるように走り去っていく陽菜子を二人で見送ると、白鷺美冬は呆れ気味に話し始めた。
「ねえ、昨日あんたが祓った悪霊、相当やばい奴だったみたいね。いまだに穢れが残ってるわよ。一晩で回復するかと思ったけど、あんたでもまだ浄化できてないってことは常人なら一月は寝たきりコースね」
「疲れがたまってるだけかと思ったが、やっぱり自覚するってのは難しいもんだ。白鷺がそういうなら今日はお邪魔するよ、お父さんにもよろしく言っておいてくれ」
「お父さんが異変を察知してたのよ。じゃあ夜に社務所に顔出して」
「分かった」
「分かってない! あんな危ないことを準備もなしにしないこと! あんたがいくら強いしゅ、えっと、祓いの力を持っているからって油断せず八百万の神々に感謝なさい」
「了解だ」
デスクからジャケットを手に取って小走りに駆けていく八神を身ながら、白鷺美冬は小声で呟いた。
「ばーか。こんなに心配してるのに」
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