第3話 

 「……? すいません佐倉さん、後頭部の様子見せてもらえませんか?」


「あ? そろそろ遺体搬送に入るんだが、後頭部? えっとたしか……大後頭隆起からC1の間ぐらいに打撲痕があるが」


 「すれ違い様に殴るとしたら、その位置だとこう、下から殴り上げるようなやり方になりますね」


 「たしかに。頭頂骨あたりのほうが殴りやすいはずだ」


 「篠原美帆さんの身長は165cmぐらい、女性にしては高いほうだから」


「犯人は身長が低い男性、もしくは女性の可能性がるってことですか!? もしくはあえて狙いにくい脳幹部を」

「そういうことだ本条」


 「衣服は乱れているか?」

 本条は損壊部を隠してシートをめくってくれる鑑識の佐倉さんに頭を下げつつ、衣服の乱れを確認する。


 ゴミの中に隠されたことで汚れてはいるが、スカートや下着はずれていない。

 「身元が判明したのもバックの中身の財布が無事、スマホについてはロックがあるからわからんが」

「ちょっと貸してください…… いくつ? そう、3939 ね……開きました」


「おい嘘だろ!?」


 陽菜子は驚きというよりも、この人ならやってしまいそうという感覚になりつつある。


 「直近で誰かから連絡が来たとか、待ち合わせのRINEとかそういったものはないですね」


 「えっと突っ込みどころだらけではありますけど、物取りの強盗ではなく強姦目的でもないとしたら、怨恨ですか?」


 八神は鑑識の佐倉さんから借りたクリップボードを見ながら、陽菜子に対する。

 「怨恨による殺人事件の特徴は?」


 「は、はい……怨恨は計画的犯行をするケースが多く、強い感情に根ざしているため過剰な暴力として残忍な犯行に……やっぱり怨恨!?」


「落ち着け本条。たしかに残忍な、許しがたい犯行だ」


 そっと八神がめくったシートの中の篠原美帆は、変わり果てた姿になっていた。


 眼球がくりぬかれ、鼻がそぎ落とされている。


 その後、鈍器で眼窩と鼻があった部位を叩き潰されていた。

 

 「過剰な暴力とも言えるが、この犯行に計画性はあるか?」

 

 シートが再びかけられたことで、呼吸を整えた陽菜子は自身の考えを口にする。

 「犯行だけ見ると、計画的とは思えず通り魔的犯行の要素が強いです」


「そう、怨恨であれば彼女の部屋まで尾行するか潜伏し、部屋で拘束するほうが恨みを晴らせる」


「はい……」


「俺のプロファイリングを聞くか?」

「聞きたいです!」


 ”

 犯人はまだ若い20代~30代前後の男性。

 身長は150cm~155弱で、自分の容姿に対し劣等感を抱く人物。


 通り魔的犯行に計画性はなく、死体もゴミ捨て場に遺棄するなど場当たり的要素が強い。

 特筆すべきは、顔面への執拗なサディズム的犯行。


 鼻を削ぎ、眼球を抉ることは自身の容貌への劣等感からくる殺人衝動であり、無秩序型の犯罪者の特徴でもある。

 過去に女性とのトラブルがあり、容姿に関して侮蔑的発言や態度を取られたことがあるかもしれない。


 眼球を取り出したのは、他者の視線への恐怖。

 それを克服したトロフィー的要素としての戦利品。


 容姿に優れた者を醜く傷つける犯行。


 経済的、社会的地位は恵まれており、知能指数も平均以上。だが学生時代に気難しさからトラブルを起こしていてもおかしくない。


 犯行前に動物相手に練習していた可能性は考えられる。


 俺の予想は、無秩序型のシリアルキラーが誕生した瞬間、もしくは何件目かの犯行の可能性があるってところだ。


 ”


 「……」

 陽菜子は絶句していた。


 この段階でここまでの情報をプロファイリングしてみせるとは、しかも情報量が異常なほど多く内容もすごい。


 「す、すごい、い、いったいどこでプロファイリングの訓練を」

「そんなことはどうでもいい、これから俺たちがすべきことは?」


 「先ほどのプロファイリングを捜査本部に提出します」


 「半分しかあっていない」

「え? 情報支援室なんだから、提供までが業務なんだと」


 このときに八神が見せた表情を、陽菜子はしばらく忘れられないだろうと思った。


 八神はふと空を見上げながら、何かを掴むように手を伸ばす。


 「奴は証拠を残している。それを俺たちで捜査し逮捕する」


 (捜査? この人は何を言っているの? さっきから誰もいない空間に向けて話し出したりしているし、もしかして何らかの精神疾患!)



 八神は現場を仕切っていた中年の刑事に二言三言何かを伝える。そのまま迷うことなく規制線の外へと出ていくと、そのままキョロキョロと周囲を観察しつつ近くの路地へと左折していく。


 慌てて陽菜子が追いかけるも、その時に聴いてしまったのだ。

 

 「なるほど、そういうタイプの念か。こびりついているから分かりやすい」


 集積所からすでに300mほど離れているが、八神は相変わらず独り言をつぶやきながら住宅街を歩いていく。


 その時だった。

 背中がぐんっと重くなり軽い眩暈に襲われた。


 「おい篠田美帆。そいつには近づくなと言ったはずだ」

 「…… あ、あれ、わたし、どうして……うっ」

 初めての感覚だった。まるでVRで何か別人の人生を視聴しているような。


 ひどく、ひどく疲れている。

 後頭部に猛烈な痛みを感じ倒れてしまう。

 ああ、こんなことじゃ明日の会議の資料作成が、間に合わないよ。


 痛い!


 顔面に生じる激痛、そして衝撃。

 ・

 ・

 揺らぐ視界が自身の感覚すら朧げにさせていく。

 「うっすい、ません わたし ちょっと体調が」


 「大丈夫だ、深呼吸をして」

 すっと八神の大きく、優しい手が肩を掴んだ。


 すると、何かが急激に体から抜けていくような感覚の後、目が覚めたように意識が覚醒していく。

 まだ多少ふらつくも、元通りになったという確信がある。


 「八神先輩すいません」

「いや、悪かった本条。犯人を前にして怒りを、憎しみを抑えられなかったんだろう。篠田美帆、君の無念は逮捕することで果たさせてもらう」

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