ファイル5 呪われた家

第43話 官僚

 中央合同庁舎 警察庁


 「小此木おこのぎ捜査一課課長、今回の女子高生連続誘拐殺人事件に関する報告書、経過報告書は読ませてもらった。結論から言えば、後手に回りすぎた説明を訊きたいところだがね」


 警察庁の会議室に呼び出された小此木は、警察官僚たちの底冷えのした視線に晒されていた。

「報告書にも記載した通り、本件はディビエントと名乗る内部リークがあって初めて進展したと言えます。我々の捜査能力・鑑識能力が及ばない犯人たちの隠蔽能力が上回っていたと思われます」


 真辺審議官が妙に細く長い顔を傾けながら、甲高い声で小此木に問いかける。


 「小此木君、君は誰が責任を取るべきだと思うかね?」

「責任、ですか」


「勘違いしないでくれたまえ、我々は君たちが全力を尽くしたことを知っている。だがねぇ、国民は納得しないだろう。ましてや犠牲になった女子高生たちのご両親などは特に」


 「……」

 「君の報告書によれば、これは捜査一課長がどう努力し足掻いたところでどうにもならなかったというように受け取れた。


 となれば、捜査一課の指揮、鑑識の実力不足、さらにはそれらのシステムを有効に活用する運用の発展を怠った上層部にこそ責任が所在があるように思うのだよ」


 小此木の背中に怖気が走った。

 会議室の中には下卑た笑みと腹黒さが混じったような不快な空気が湧き出しているように思えた。

 「それはどういうことでしょうか」

「つまりだ。警視総監、副総監には責任を取ってもらうということだよ。それに伴い刑事局長や関連する県警本部長あたりの首もあるといいかもしれないね。くひひいひひい」


 (腐ってやがる。反省点を上げて捜査体制を向上させるためならば、俺は黙って課長職を辞してもよかった。だが、こいつらは……政治ごっこをしている場合じゃないだろうに)


 「ああ、ちなみに小此木課長、君は所轄の警備課長職に空きができたのでね、そっちに行ってもらうことになったから。えっと不満はないだろう?」


「謹んでお受けいたします」


 小此木は敬礼し表情一つ変えずに退室した。


 「もっと反抗するかと思ったが、随分素直な男じゃないか」

「誰もわが身がかわいいってことですよ、定年退職は穏やかに迎えたいものですからなあ」


 「とこで、彼らの処遇についてすが」

 一連のやりとりを黙って聞いていた霧島きりしま審議官が口を開いた。

 「ああ、霊事課の八神とかいう刑事と、キャリア組の女か」

 

 その発言には明らかな侮蔑、蔑みの感情が塗りたくられている。


「FBIに依頼した弾道計算や突入タイミングやその判断、発砲した銃弾の弾数、全てを考慮しても、八神警部補の行動には賞賛されるべき点は数多くあれど、非難されるべき点は見当たらないとの報告が上がっています」


 「ふん、現場の刑事ごときが単独行動したために多くの警官が負傷したではないか? しかも柴山は未だに意識が戻らない。これについてはどう責任を取るのかね?」


 でっぷり出た腹を無理やり制服に押し込んでいる警視が、不機嫌を隠さず吐き出すような発言をした。


 「では相模警視、あの時八神警部補と本条警部が突入しなければ、誘拐の被害者であった夏目凛さんは殺害されていた可能性が極めて高いということも考慮にいれておられますね?」


 「それは結果論にすぎん! いったいどうやって誘拐された被害者がビル内にいたと分かるんだ!」


 「霊事課の報告書では、殺害された被害者の霊が八神警部補を誘導したとあります」

「こいつらはいつもこうだ。霊が見えたから、霊が教えてくれたから、我々では理解できんことを軽々しく報告書に書くもんじゃない、まったく!」


 「相模警視、そのような現代科学ではまだ確定されていない霊視能力であっても参考になるから報告書として提出するように定めたのはこちらの会議であったと記憶していますが」


 「ちっ! じゃあ霧島審議官は、どう処分するつもりだ! あれだけ大量に銃を撃った奴を懲戒免職にもせず守るつもりか!」


 「彼にどのような落ち度があったのですか? むしろ評価されなくてはいけないと私は考えています。もし相模警視が処分したいとお考えなのでしたら、彼の行動に対し罰すべき点を明確にすべきではないでしょうか? 

 個人的な意見ですが、この件で八神を処分したら、現場の刑事・警官たちは激怒すると思いますよ? 


 だって命がけで被害者を救出したヒーローを、上は濡れ衣を着せて辞めさせようって構図になっちゃいますからね。

 これは部外秘の情報ですが、彼が夏目さんと本条警部を守るためにその身に受けた散弾は、合計5発。致命傷ではなく掠ったとはいえ、相当な激痛の中で任務を完遂したのです」


 「じゃあ好きにしろ! ただ、警視総監賞とかそういうった褒章はなしだ! 奴らを表に出してはいけない」


 「その点については了承しました。

 対策として、担当刑事はカウンセラーによる面談が必要なため情報は伏せるということにしておきます。そうすれば警察は人権に配慮した組織というイメージアップにもつながりますから」


「好きにしたまえ!」


 


 ◇


 「おい長嶋ぁ! がさ入れから外しただけじゃなく、会社幹部の取り調べに同席させねえってのはどういう了見だ!?」


 「僕に言われても困りますよ鮫島さん!」


 「ちっ! あいつらポンジスキームかまして逃げるような、クソ詐欺師集団だろうが! 全員しょっぴいてから余罪吐かせりゃいいんだよ!」


 「別件逮捕だと色々うるさいんですよ、それに一罪一逮捕一拘留の原則もありますし」

「うるせえ分かってんだよ! 八神の奴が命張って逮捕してんだよ、こっちがケツ持ってあのソウルライフマーケットの裏を暴かねえとなんねえだろが!」


 「それが、ちょっと面倒なことになってるみたいで」

「面倒ってなんだよ!」

「彼らの主張は、狂信的な一部会員によってシステムや資金が流用され乗っ取られていたという被害届です」


 鮫島は思い切り椅子を蹴とばしていた。

「どいつもこいつも! 被害者ポジション得ようと必死だな! ふざけんなくそがああああああ!」


 「荒れてるじゃないか鮫島」

 はっとして振り向く二人。

 「小此木課長! し、失礼しました」

 慌てて敬礼する二人をまあまあと宥めると、鮫島を課長室へ招く。


 「損な役回りは鮫島一人でいいだろう、なあ?」

「相変わらずですね課長」

「もうすぐ辞令が降りるが、俺は課長職を解かれることになる」

「え? なんでですか!」


 鮫島の怒りの混じった驚きは、小此木の鬱屈した怒りを鎮静化させるのには十分すぎるほどの自己肯定感を与えてくれたのだと感じていた。


 「柴山雅人の件だよ。奴らに好き放題されて捜査が進展しなかった責任を取らされる。俺だけじゃない、警視総監から副総監、そこら辺も順を追って発表されるだろう」


「馬鹿げてる! 入院してる八神を問い詰めましたが、捜査を妨害していたのは霊的な力が大きく影響していたそうです。だったら現代科学で戦ってる俺たちじゃ、どう足掻いても後手後手になっちまう! 相手はそういった霊的な力を利用して悪事を、殺人を行っていた連中ですよ!」


「近いんだから怒鳴るな、ただでさえお前は声がでかいんだから」


「す、すいません」

「そんなことは分かってるさ。だから霊事警察にがんばってもらったんだ。

 結果は八神を支援するのが遅れて、結局あいつ一人に色々おっかぶせちまった。

 そしてあの夏目凛さんの勇敢さに俺たちも救われている」


「はい……、だとしても」

「鮫島の言いたいことは分かるよ。だからさ、お前には背負ってもらおうと思う」


「背負う?」


 小此木課長は鍵のついたキャビネットを開けると、さらに施錠された金庫を開けて中からファイルを取り出した。


 「これをお前が引き継げ」

「拝見します」


 躊躇なくファイルを見るあたり、さすが鮫島だと小此木は苦笑する。背負う覚悟どころから、噛みついてやろうとする荒ぶる反骨の気概まで感じる。


 「こいつは!?」

 「どう使うかはお前に任せるが、覚えたな?」

「……ええ」

 

 小此木はファイルの中にあった一枚のぺら紙を備え付けのシュレダーに投じた。


 「信頼できる人間は少ない。現状では霊事警察以外にはサイバー犯罪対策課の増田、警察庁の霧島審議官 これぐらいだろう」


「ここまで、ここまでやられてたのか」

「課長はどうしてこれを」


 「鮫島、言わせるなよわざわざ」


「この命に代えても、繋いでみせます」


 小此木はポンと鮫島の肩を叩くと、何度か頷き椅子に深く腰を下ろした。



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