第42話 次の任務

 「今なんと?」


 霊事課課長室で八神は例のコンバットマスターを何度目かの自発的返却に訪れていた。

 所持許可の判断が保留になっていたからだ。


 「持っておけ、しばらくは肌身離さずだ」

「あのシリアルキラーが逮捕されたのであれば、拳銃携帯許可は解除されたのではないでしょうか? それに俺はかなりの弾数を発砲したので各所に迷惑かかってるのはさすがに耳に入ってますよ」


「いいや、青ババ様のお告げはまだ訪れていないと私は考えている」

「課長がそう言うのでしたら」


「まあお前さんの発砲について、警察庁が色々首を突っ込んできたのは事実だ。だがね、お前の報告書を元に弾道計算や、射撃戦の情報をFBIのお前の元教官に分析を頼んだところ、クレイジーだそうだ」


 「はぁ」

 「FBIや特殊部隊出身者でも、ここまでの立ち回りをできる奴はそうはいないということだ。誇りに思いたまえ」

 「必死でしたからね」


「まあ八神……私に言われてもうれしくないのは知っているがね、よく夏目凛さんを守った」


「…… まあうれしいですよ。課長であっても」


「ふん、あいかわらず減らず口ばかり。まあこれでそっちの話は終わりだが、君らに別任務だ。ありがたいことにご指名だよ」


 「指名?」

 嫌な予感が首をもたげてくる。


 「安心しろ今回は殺人事件とかそういった生ぐさい奴じゃない、いわゆる……」


 この時の課長のなんとも言えないドヤ顔を、八神は何度も思い出してはイラつくことになる。


 「事故物件に住むある家族を助けて欲しい、という依頼だ」


 「どうせ政治家の関係者とか、良いポストについてる官僚とかその線でしょ?」

「なんだ分かってるじゃないか。依頼主は経済産業省の事務次官候補の一人だ。警察庁もなんだかんだで恩を売れれば売りたいだろうから」


 どうせ暇だろと、嫌な笑みを浮かべながら資料を受け取った。


 「ならコンバットマスターなんていらないでしょ」

「八神よ。刑事ドラマみたいに単一事件単一案件だけを追っかけていられたらどれだけ楽だろうよ。いつだって事件は複雑で、絡み合って、複合的に多元的に動き出したり収束したりするもんだ」


「何があるか分からないから持っておけってことですね」

「分かればよろしい。じゃあ今回も本条君と動け。それと桐原・浅野、上田・中野コンビにも協力してもらうことになっている。くれぐれも失礼のないようにな」


 霊事課総出で接待の様相を呈してきた。


 課長の保身はこういったとき、最大限に発揮される。


 (こういうのは白鷺の領分だと思うんだが。ということは、何かしら事件性が絡んでくるということなのか?)


 課長室から出てくると、浅野がにやにやしながら近づいてきた。

「おう八神、元気そうでなにより。俺たちは裏付け捜査からは外され、こうやって官僚様のお守りを命じられたということですよ」


「腐るな浅野。結界係や霊視係がメインではないってことは、何かしら事件性、つまり生きている人間が関与している可能性があるかもしれない、って俺だって思いたいよ」


「八神さんはその可能性というか、何か感じるものが?」

「特にないですよ今のところ」


 浅野とコンビを組んでいる桐原は人当たりが良く顔立ちが整っているので、人望がある。

 「官僚様はいいねえ、公費で除霊やお祓いしてもらえるんだからよ」

「浅野君、どこに耳や目があるか分からないって言っただろ」

「そ、そうだった。式とか放ってる場合もありますよね」


 「うちの結界は万全よ。いっつもケチばっかりつけるな浅野」

「うわっ! 白鷺先輩!」


 そこには巫女服姿の白鷺美冬と他数名が腕組みをしながら浅野を睨みつけている。


「あんまり強力すぎる結界はると、逆に強すぎて体調不良を起こす人が出ちゃうからそこら辺のバランスが大変だってあれほど説明したわよね?」


「す、すいません、もう言いません」

 パンっと浅野の尻を思い切り蹴っ飛ばした白鷺は、八神の元へやってくるとぼそっとあることを呟いた。

「夏目凛ちゃんだけど、定期的にスイッチのオンオフと簡単な除霊・結界術を教えることになったわ」

「スイッチオンオフを学ぶだけで、社会適応はすこぶるあがるだろう。俺からも頼むよ」

「頼まれなくても面倒見るわよ、あんなかわいい子」


 面倒見が良いのが白鷺美冬の美徳というか、人柄だ。

 「それにね、陽菜子ちゃんに憧れてるみたいで、勉強教わったりもしてるみたいよ。すっごい頭がいいって驚いてたわ」

「本条が言うなら、相当なのかもしれない。あの状況で機転が働いたのもそういった事情があったのかもな」

 

 「それよりも、だいぶ消耗したみたいね。普段はすごすぎて見えないあなたを守るモノがかわいい姿で寝ているわ」

 

 「俺には分からないんだよな。夏目凛もかわいいとくねくねしていたし、まあグロいよりはましか」


 「感謝しないさいよね、おそらく戸河里を噛み千切った時に受けた穢れのダメージが大きすぎたのよ。それにあの場を穢れから守ってくれていたり、被害者の女の子たちを呪縛から解放させてあげたのも、その守護するモノの力よ」


「そうか、俺の疲れ方も尋常じゃなかった。半年は寝ていたいと思えるほどに消耗していた気分だ」


「でも分からないわね、戸河里と例の企業って協力関係だったの? だったら目的は何?」


「それを今必死で鮫島さんたちが探ってる。公安やマルボウ、組織犯罪のほうまで巻き込んでの大捜査網だ。警察はだいぶ後手に回ったから、取り返したい気持ちもあるんだろう」


 「そういえばあの雑誌に描かれた文様ね、あれってかなり特殊な民間信仰呪術などを組み合わせたものってことが分かったわよ」

「既に雑誌社はあの記事の取り下げが決定したようだ。間に合ってよかったよ」

「あれが発売されていたら、このクソ忙しい時期に謎の怪事件が乱発してたはずね。発行部数にもよるでしょうけど、複数人の死者は出ていたと思うわ」


「増田さんがこの件を深堀してくれているそうだから、後は任せてみよう」

 白鷺はふと遠い目をしつつ、零すように問いかけた。


「ねえ、八神の勘でいいんだけど、あの事件終わったと思う?」


 白鷺美冬はこの時の八神の表情に、戦慄した。

 「終わってないさ」

 後悔と、憎悪、そしてどこか恍惚としたような復讐の瞳には狂気が宿っているような気がしたからだ。

 戸河里の穢れを白鷺美冬は徹底的にこれでもかと清めお祓いした。

 それは奴の狂気や穢れが、あの人に混じらないように必死だったのだ。

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