第36話 救出

 二人は頷きあうと、搬入口からビル内に突入する。

 陽菜子たちは先ほどの犯人グループの構成員と思われる二人を、ハイエースの中に置かれていた結束バンドを使って拘束した。

 

 ビル内部にはわずかにシンナー系の臭いがこもっており、壁や天井には換気ダクトが張り巡らされている。


 導いてくれた高木飛鳥が指を指していたのは階段ホールであり、それは地下を示している。


 八神は高木飛鳥に頷くと、すーっとまた姿を消してしまう。

 陽菜子は八神が何かを感じ取りながら進んでいることに気付いており、慎重に気配を探りながら後をついていく。


 階段を降りる足音がホールに響き、それが陽菜子の心拍数を跳ね上げる。


 こういうとき、臆することなく進む八神の背中の大きさがひどく頼もしい。

 さきほどから、何度か増田に連絡を試みているものの、一向にノイズがクリアになることはない。


 そして階段を降りた先、階段ホールから地下作業場陽の廊下へ出たときだった。


 再び高木飛鳥、さらには複数の女子高生の霊が現れ天井を指さしている。

 ガコン、ガタッ ズズズ

 「え?」


 陽菜子にも聴こえるということに八神が気付いた時、ガコンッ! というひときわ大きな音が出て何かが八神に向けて降ってきたのだ。


 ・

 ・

 ・


 「きゃっ」

 小さな悲鳴を上げた存在を八神は反射的に受け止めていた。

 それが小柄な少女の姿であることに気付いた八神は、彼女が拉致された被害者であると理解し少女を助け起こす。

 髪の毛を金髪のツインテールにしたまだ十代の少女。

 じっとこちらを見つめており、一緒にいた陽菜子を不思議そうな目でキョロキョロしていた。


「俺は警視庁の八神だ」

「同じく警視庁の本条です」

 二人が警察手帳を見せた時、ふっとその少女は脱力するように膝から崩れ落ちる。

「だ、大丈夫?」

 陽菜子に支えられた少女は涙ぐみながら「はい」と答えた。

「すいません、警察って聞いて安心したら気が抜けちゃって、あの私は 夏目凛っていいます」

「夏目さん、これから君を連れてここを脱出する。必ず無事に連れて帰るから」

「ありがとうございます!」


「本条は夏目さんを守れ」

「了解」


 八神たちは再び地下一階から地上へ向けて階段を登ろうとしたときだった。


 けたたましいほどの非常ベルが鳴り、大声が複数にわたって響き渡る。


「女が逃げたぞおおおおおおお!」

「ころせええええええ!」

「つかまえろおおおおおおおお!」


 その声に反応するように3人は階段を駆けあがった。


 だが、既に一階廊下には複数の作業着姿の男たちが走ってきていた。

 そこで八神は腰のホルスターからコンバットマスターを引き抜いて、作業着姿の男たちに銃口を向ける。


 「警察だ! これ以上近寄れば公務執行妨害と銃刀法違反で逮捕する!」


 そう、奴らは猟銃や拳銃を手にしていたのだ。


 手前にいた顔に刺青の入った男がいきりながら近寄ってくるのに対し、八神は奴の足元へ発砲した。


 「警告だ! それ以上近づけば撃つ!」

「ぐひひいいいいい! ごろごごろころろっろおおおおすううううう!」


 やはりかと八神は覚悟を決める。

 視認できる作業着姿の男たちには、黒くそして汚らわしいものたちが憑りついる。

 

 そして確信があった。これだけの悪霊共を命令、もしくは使役している強大な存在がいることを。


 『 上に、上にしか逃げ道がないわ 』


 その若い女性の声に八神は反応する。

 「上だ、屋上を目指す、走れ本条!」

「はい!」


 陽菜子は凛の手をとって階段を駆け上がる。

 八神は追ってこようと階段ホールに雪崩れ込んだ共犯の男たちに対し、容赦なく発砲した。

 犯人たちの足の甲、ふくらはぎ、二の腕。


 ここを撃っては動脈から出血死させてしまうという部位はFBI研修時代に叩きこまれていたため、戦闘不能に陥らせるための射撃は正確だった。


 恐らく八神は日本の警官の中でも実戦射撃の技術に最も優れた人物であっただろう。

 射撃戦などというものに遭遇したことがある警官は皆無に近い。

 さらには、手にしたのは幾多のガンマニア垂涎の一丁、コンバットマスターである。


 八神の技術とコンバットマスターがそろったこともまた、運命であったかのように9mm弾が狂暴な悪霊に憑りつかれた共犯者たちの足に命中していく。

 

 三連発で続けざまに3人を無力化すると呻き悲鳴をあげながら倒れこみ、それに躓いて倒れる共犯者たち。


 だが残りの奴らは手にした銃でやたらに撃ってくる。

 階段ホールの壁が弾け、手すりに甲高い音と共に命中し3人は精神的にも追い詰められながら必死に階段を駆け上る。

 二人にすぐに追いついた八神だったが、3階廊下の入口で何者かに飛び掛かられてしまう。

「うごおおおおおおお!」


 2m近い巨漢の男が八神に覆いかぶさり押し倒されてしまう。思わず取り落とすコンバットマスター。

 陽菜子と夏目凛の悲鳴が階段ホールに反響するも、八神に馬乗りになった大男はその大きな腕で首を絞めはじめる。


 「ぐっ!」

 八神も180cmの長身で鍛えてはいるが、2m近い巨漢の体重と膂力に、動けずにいる。


 はっとした陽菜子がその盾で背中をガンガン殴りつけるも、男は動じることなく首を絞める力をさらに強めていく。


 「先輩を離せ!」

 階段からは奴らが駆け上がる足音が近づいてきている。

 夏目凛も近くにあった箒で、えいえい!と大男の頭をはたているが効果がありそうには見えなかった。


 その時だった。奴の腕をはがそうとしていた八神の手が力なくパタッと崩れ落ちる。

「先輩!」

 大男の歪んだ笑みが口角を引き上げた時、脱力したはずの八神の手が真っすぐ直上に伸び、大男の喉を突いたのだ。


 したたかに喉を突かれた大男は、「ぐっごっ!」と首を絞めていた両腕を放してしまう。


 だが八神はさらに奴の作業着の襟首をつかみ、足を腰ベルトのあたりから思い切り蹴り上げる。


 巴投げに近い形で大男を投げることに成功したのだが、その先は階段。

 ちょうど駆け上がってきた共犯者たちの集団に向けて、2m近い大男が転がり落ちてくるのだ。

 悲鳴や鈍い音、圧し潰された呻きなどの不快な男が生じていく。


 八神は荒い息をしながら落ちていたコンバットマスターを拾い上げると、二人に先に階段を登るように促す。


 4階、5階と駆け上がるがさすがに大男の落下に巻き込まれ差をつけることができたようだ。


 夏目凛はぜえぜえ言いながらもよくがんばってくれている。拘束されて体力も消耗しているだろうに、時折八神を見ながら微笑んでくれる。


( この信頼に答えたい。

 絶対、絶対!

 

 もう二度と俺の家族たちのような思いをさせてたまるか! )


 八神の気力が復活し、立ち込める穢れをさらに押しのけていく。


 そして到着した6階の先の屋上。


 だがその金属扉は開かなかった。

 施錠されている。

 八神はジャケットを脱いで防弾チョッキを外すと、夏目凛につけるように指示する。

「で、でも」

「本条と夏目さんはどこかに鍵があるかもしれないから、周囲を探してくれ」


「急ぎます!」

 すぐに陽菜子と夏目凛は近くのダンボールや棚を探し始める。


「凛ちゃん、早く防弾チョッキを!」

「あの私がそのつけちゃっても」

「ああ、八神先輩のおっさん臭い汗の臭いが心配なのね? ああそれは仕方がないけど大丈夫」

「おい! 変なこと吹きこむなアホ!」

「加齢臭が気になるお年頃なんじゃないですか? 枕の臭いの話を増田さんともしてたじゃないですか」


「分かったもうお前には二度と昼飯奢ってやらない。あそこの高菜チャーハンは一人でじっくり味わうことにするよ」

「ひどい! 鬼!」

 二発八神のコンバットマスターが発砲された。


「ぎゃああああああ!」


 ふくらはぎを撃たれ階段を転がり落ちていく男たち。


 夏目凛はすぐに防弾チョッキを着こんだ。


 「凛ちゃん大丈夫だよ、シャワー浴びれば加齢臭取れるからね」

「だ、大丈夫です 何もにおいません!」

 

 凛にはわかっていた。不安を少しでもぬぐってあげようとする二人の気遣いだと。

 そして奴らが一斉に発砲を開始した。


 猟銃から放たれる散弾。拳銃の弾丸が階段のパイプに命中し鈍い音、甲高い音を立てていく。

 倒した棚や資材のバリケード代わりにしながらも、奴らは少しずつ距離を詰めていた。


 八神は既に何発も発砲し、合計8人以上に命中させている。


 「先輩! 鍵、ありません!」

 その時だった。銃撃戦の間隙をつくような静寂の中に、チャリーンという音が皆の耳に飛び込んでくる。


 「なにこれ?」

 陽菜子が拾い上げると、ネームプレートのついた鍵が足元に転がっている。

 「屋上って書いてある!?」

 すぐに鍵穴に差し込むと、カチャリという音と共に扉が開く。

「屋上へ!」


 とうとう踊り場から駆けこんでくる共犯者たちに対し、八神は残弾を撃ち尽くすことで牽制し屋上へと転がり込む。


 陽菜子が機転を利かせてすぐに施錠し、近くに積み上げてあった冷蔵庫やら古タイヤなどでバリケードを設置する。


 既にドアに向けて奴らが発砲を開始しているが、思った以上にゴミを残してくれていたことが幸いししばらく時間は稼げるかもしれない。


 八神は腰のホルスターから弾倉を取り出し装填する。


 「みんな怪我はないか?」

「大丈夫です」

「私も、って八神さん、怪我してるじゃないですか!」


 みると八神はところどころスーツが破れ、出血している。

 「散弾が掠っただけでたいした怪我じゃない」


 凛には分かっていた。自分に防弾チョッキを与えながらも、盾になる形で立ち塞がってくれていたことを。


 特に左の二の腕から出血が多く、左手の甲を血に濡らしている。

 「増田さん、増田さん聴こえますか!? こちらは拉致された女子高生を保護、今該当ビルの屋上に避難中! 至急応援を! 奴らは銃で武装しています」


 何度か同じ内容を呼びかけてはいるが、通信が妨害されているのかまったく応答がない。

 あのタイミングだけ奇跡的に通じたとも言えた。


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