第18話 広域重要指定事件 127号

 「広域重要指定事件 127号」


 「え? 八神さんそれって」

 「犠牲者数が24人を超える、あの広域連続殺人事件 のことだ」


 「座学で勉強したことがあるぐらいの知識しかありません」

 

 ※ 広域重要指定事件

 警察庁指定事件制度のこと。

 複数の管区警察局の管轄地域で発生している社会的影響の大きい凶悪又は特異な事件で、複数の地域にまたがり組織的に捜査を行う必要があるものとして警察庁が指定した事件をいう。(警察庁HPより抜粋)



 「そうだな、二人ともちょうど小さい時に起きた事件だからな、マスコミが報道規制をして子供が起きている時間帯にはなるべく報道しないような配慮がされたという事件だ」


 「その配慮って……」

 増田が慌てて調べ始めた事件を見て、思わず呻き声をあげる。


 「一人暮らしの女性や、風俗嬢、徐々に犯行はエスカレートし……家族を皆殺しにするケースもあった。その犯行は残忍で、好んで生きたまま体の一部を切断する。幼い女の子や男の子も犠牲になった、あの事件だ。犯人の名を言えばわかるだろう。


 戸河理聖人 とがり まさと 事件当時34歳


 見つかっていない余罪があるとも噂されたが、裁判ではあっさり罪を認めるなどしたため既に死刑は執行済みだ」


 「もう死んでるんですね、なんか奴が脱獄して事件起こしてるみたいですよ」


 陽菜子は事件概要を増田から借りたタブレットで見直していたが、その手口に驚愕している。


「たしかに、犯行内容は似ているような気がします。サディズムの傾向が強くて犯行ペースも一ヵ月以上開けてるし……。模倣犯の可能性ってことを先輩は言いたいんですか?」


 「恐らく捜査本部は何人かのシリアルキラーを模倣した可能性にも当然目を向けているはずだ。実際遺体切断をするタイプのシリアルキラーは複数存在しているからだ」


 「うわぁ、あんなの何人もいるのか」

 

 陽菜子はポニーテールを何度か揺らしながら、核心的な質問をぶつけてきた。


 「この戸河里という男と、今回の連続誘拐殺人事件は何か繋がりでもあるんですか?」


 「酷似している点が多いので分析を進めれば何かしらの手掛かりになるかもしれない。そうだ増田さん、7件目の遺体との対面の許可はどうなりましたか?」


「あっそういえば数分前に返事が来てました、えっと午後2時30に科捜研にて10分だけ可能ということです」


「時間的にまだ余裕はあるか。

 実はな、霊視能力のあるベテラン刑事で上田さんという人がいる。俺もよく相談する優秀な女性刑事なんだが、彼女たちが必死になって探しても被害者の霊とまったくコンタクトできないそうだ。現場に漂う負の念が強すぎて感じ取れないという可能性もあるが、逆にその負の念に心身に相当のダメージを受けてしまった」


 「う、そういう話になると私は、まったく分かりませんけど、コンタクトってそのお話できたりするんですか?」


 ごくりと、増田が興味津々で話を聞いている。


 「話というより、訴えたいことを、一方的な叫び、それらを聞き出せればまだ運がいい。だが、被害者の霊とここまで接触できないというのも珍しい。今のところ7件すべてにおいてな」


 ぶるっと、増田が何かに震えた。

 陽菜子はカントリーマアムを頬張りながら周囲をきょろきょろと見回して怯えている。


  

 ◇


 実は科捜研こと 科学捜査研究所は警視庁の敷地内にある。 


 混同されやすいのが、千葉の柏市にある科学警察研究所の科警研だ。

 こちらは大規模な研究機関である。


 八神たち3人は科捜研にて、7件目の被害者である藤村杏華 (ふじむらきょうか)の遺体と対面する。


 到着を待っていてくれた職員が丁寧に応対してくれた。

 「お待たせしたようですいません」

「いえ時間厳守で助かります」


 遺体保存用のロッカーから引き出されたのは、小柄な少女が収められた遺体袋だ。


 「少し一人で藤村さんと対面したい。本条、入口で待機していてくれ」

「了解です」


 一人で霊視に集中したい。

 そういう意図を陽菜子はなんとか理解しようとして、科捜研の職員を半ば強引に外へ連れ出す。

 「あの、何をなさるつもりなんでしょう?」

 まさか霊視だと言えるはずもなく言葉を選んでいると、気を利かせた増田が助け船を出してくれた。


 「あの八神さんはクアンティコに研修留学していたほどの優秀な刑事さんなので、あちらであのような分析方法を学んだのではないでしょうか?」

「ああ、なるほど! すごいですね、FBIアカデミーで研修を受けるような優秀な人材がいたとは聞いたことがありましたが、そんな方とお会いできるなんて」


 「まあ結構皮肉屋で中二病で、細かい性格なんですけどね~」

 陽菜子はからかい半分で八神を窓ガラス越しに見つめる。

 (優秀すぎる人。だからこそ、この状況下で単独の拳銃所持を認められているのかしら)


 八神は遺体袋を開封するため、ファスナーをジーっと引っ張った。


 遺体の損傷は……異様だった。


 藤村杏華 今年の5月で18歳になる都内有数の進学校に通う才媛。

 文武両道容姿端麗、生徒会長まで務める逸材である。


 将来は東京大学の法学部への進学を希望しており、成績も十分期待できるレベルであったという。


 だが、彼女は7日前に行方不明になり、そして遺体で発見された。


 別の学校の屋上に、制服を着たまま遺棄されていた。


 その姿は異様だった。

 衣服の乱れレイプの痕跡はなく。指は無事で四肢も目立った怪我はない。

 

 唯一の損傷部位は、頭部。


 顔面は恐怖で歪みきった状態で硬直しており、どれだけ怖かっただろうと胸が痛む。


 彼女の顔面は無事であったが、眉から上が……存在しなかった。


 眉上から綺麗に切断され、あるはずの頭部の約上半分が喪失している。

 もちろん、脳は見当たらず脳幹部までもがえぐり取られていた。


 死因は脳幹部の呼吸中枢損傷による窒息と推測されているが、大脳部もどの段階で切除されていたのかは不明だった。


 「藤村さん、藤村杏華さん、教えてほしい。あなたに何が起こったのか」

 

 八神は念を込め、藤村杏華のことを強く思う。


 写真にあったクールビューティーな美少女の姿、やや大人びた姿で友達とスマホで自撮りを撮っている姿をイメージする。


 「俺は犯人を逮捕したい。必ず捕まえるから、協力してほしいんだ」


 八神の感覚には何の反応もなく、藤村杏華はただ冷たくなった姿のまま遺体袋の中で眠っていた。


 霊能力の強いベテランの上田刑事でも反応がなかったということは、自分では無理かもしれない。だが俺はこの事件を解決したい、そういう思いを強く念じる。


 「もしかしたら、君を殺した男に憑りついていた霊は、俺の家族を……惨殺した男かもしれないんだ。だから、俺は絶対に追い詰めてみせる、君の仇を討つ」


 もはや独り言のように八神は決意を零した。


 その時だった。

 八神の右手に冷たく暗い何かがぎゅっと握られた。

 震えるそれは、白く細い手のように見える。


 『 …… 』

 言葉を発せないのだろう。白く霧のような何かが、八神の手を掴み、握り、必死に訴えているようだ。


 恐らくだが、大脳を切除されてしまったことで言語野が損傷してしまい、言葉を話せないと彼女が自覚してしまったのだろう。


 「伝わっているよ、言語化は難しくてもいい、イメージを、何を見たのか、響いたのか、感じたのか」


 猛烈な衝撃、眩暈? 立ち眩み、悪寒、激痛、そして憎しみの念が八神に押し寄せた。

 その膨大な感情のような波が全身を震わせる。


 「こ、これが君が感じた絶望か。辛かっただろう、痛かっただろう、悔しいよな、理解したい。これだけは言える。家族を失った痛みだけは、理解できるんだ。君の御家族の思いは」


 『 く、くさい、におう、パパの 部屋みたいな、 くさい いやああああああああああ! 』


 !?


 におい。 パパの部屋のような臭い。


 そして藤村杏華の霊体、思念の一部のようなものは、既に消え去っていた。


 ほんの数秒ではあるが、藤村杏華の思いが流れ込んできた。

 (バックラッシュか……)


 だが、その反動ともいうべき彼女が受けた苦痛が一気に流れ込んだため、思わず意識を失いそうになって膝をつく。


 慌てて飛び込んできた陽菜子と増田によって支えられる八神。


 「だ、大丈夫だ」

 増田の手を借りて立ち上がると、息を荒げながらも八神は手を合わせ再び誓うのだった。

 

「必ず犯人をあげてみせるから」


 その八神の姿勢に、陽菜子と増田が続く。そして思わず科捜研の職員までが手を合わせ思いを一つにするのだった。

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