第9話
◇
翌日、霊事課で佐々木から調査結果の報告を受ける八神。
「よく調べてあるな、助かる」
「もっと褒めて、感謝して、明るい尊敬の念を私に浴びせてくださいな八神さん」
「頼りにしてるよ」
報告内容に思わず八神は唸った。
氏名:田沼 光一 37歳
大手広告代理店 勤務 年収はおよそ1500万。
一週間前にあのマンションからほど近い交差点でのひき逃げにより、頭部挫傷にて死亡。
現在も捜査が行われている。
結婚しており、妻 田沼 美佐希 35歳
子供 なし
人物評:実直で取引先であろうと、非常識な言い分には毅然と抗議する性格。
部下からの信頼も厚く、職場ではかなりの人たちがショックを受けているとのこと。
借金や反社との付き合いもない。
子どもはいないが高学歴で一流企業、さらには家庭的にも恵まれている。
なのにあのようなオンボロマンションの住人とどういう関係があったのか?
仕事上のトラブル?
可能性があるとすれば直近で受けた仕事でこちらを訪れたことがあるかどうか、ぐらいか。
八神は推理を進めつつ、事実関係との整合性を組み上げていく。
現状ではまだ不審者情報に関する調査結果は、報告書に上げるほどの進展はない。
ならばもう一度行かないといけないだろう。
そう思ったとき、始業ギリギリでやってきた本条陽菜子。
何やら大きめのカバンを持ち、じゃらじゃらとうるさい。
「おはようございます」
「……おはよう」
「ちょっと陽菜子ちゃん、あなた何持ってきたの? お守り同士が喧嘩しちゃってるじゃないの」
朝の祈祷を終えた白鷺美冬が巫女服姿で現れる。
「え? わ、私ですか?」
「そのカバンの中身、どうせお札やらお守りやらでしょ? 意味もなくじゃらじゃらと数珠つけてても意味ないわよ。気持ちは分かるからそれ貸してちょうだい」
「あ、あの」
カバンを開けて思わず美冬が軽い悲鳴を上げる。
「もう、三峰のお守りと伏見稲荷のお守りをどうして一緒にできるのよ。ああ、こっちには宇賀神様や竜神のお守り、素人ってこわいわぁ」
「あ、あの実家に相談したら、って守秘義務は守ってます! ちょっと怖い現場って言ったらおばあちゃんが持たせてくれて」
「気持ちは分かるけど、お守りはたくさん持つより自分がお世話になったり縁のある神社のものを大切に持っているほうがいいわよ」
「そ、そういうものなんですか?」
「どこの神様かも分からない神社のお守りをたくさん持って歩いている子を、神様は守ってあげたいって思うかしら? えっと責めてるのじゃないのよ」
「あっ、わ、私すごく失礼なことをしてしまっていたかも。ああ、ごめんなさい!」
陽菜子が本当に良い子なのだと思ったのは、美冬に対してではなく自分が持ってきたお守りが大量に入ったカバンに対して頭を下げて謝っていることだった。
「例えば通勤時に通る神社さんとか、それだけでも縁があるってことだからご挨拶しておくのもいいことなのよ」
「なんだか、人に対してする礼儀に似てるんですね」
「そうよ、神様に対して専用の礼節ってのもあるけど、大切なのは気持ち。ただお守りを持って願い事だけ言う人をどう思うか、分かることよね」
「白鷺先輩、ありがとうございました! うわぁ、私恥ずかしいこと失礼なことをしてました」
「じゃあこっちのお守りには私から無知故に失礼なことをしてすいませんって、伝えておくから預かるわよ」
「ご、ごめんなさい先輩って、神様とお話できるんですかああああああ!?」
「お話っていうか念が降りてくるって感じよね、感謝を忘れなければ八百万の神様は見ていてくださるものよ」
「うわわわあ! な、なんだかすっごく感動してます!」
「陽菜子ちゃん、かわいいわね……って、え?」
この時の感情を白鷺美冬はいまだに整理できずにいる。
本条陽菜子の全身から発せられる陽の気、破邪の気質とでもいうべき清浄な気が周囲を、この霊事課を浄化していくのだ。
さすがは霊事課だけあって、皆がこの異変に気づく。
素直に念に思いを載せられる陽菜子の素直さがかわいすぎて、美冬は思わず彼女を抱きしめていた。
「もう、かわいいんだから!」
「はふぅ せ、先輩~あったかいです~」
陽菜子は人に好かれる魅力を持っている人間だと、八神は一安心していた。
そんな本条陽菜子を伴い、八神は再び昨日の現場へ向かう。
機捜番の要請は幸いにもなかったので、今回は手慣れた様子で佐々木が調べてくれた資料に目を通す陽菜子。
「こ、この田沼さんの事故って、先輩が推測した通りだったんですか?」
「田沼光一さんの状態から判断したら、条件に合う情報がヒットした。マイナンバーカードの写真を見るにあそこで佇む地縛霊と同一人物で間違いないだろう」
「れ、霊能力って、す、すごいんだ……ってことはやっぱりお化けいるじゃん!」
一つだけ持って行ってよいと許可されたお守りを手に祈る陽菜子。
八神は佐々木に周辺情報をさらに探ってもらっていたが、分かったことはあまり治安が良くない地域ということだった。
区画というよりあの周辺といった情報がいくつか入ってきている。
だからあのようなひき逃げ事件が起こったのだろうと噂されているらしい。
「はぁ、またあそこに行くんですよね……でも、コーポ荒川202号室は行かなきゃいけないと思う、思うんです」
八神は本条陽菜子がこだわるコーポ荒川202号室について、改めて考えてみた。
霊感がないと自称する陽菜子が、あそこまで執着するのには何か理由があるかもしれない。
白鷺美冬にも確認してもらったが、本条陽菜子には守護霊以外についている霊は見当たらなかったし八神でもそのような見解だった。
ならば、これは縁、もしくは因縁、導きという類のものかもしれない。
「分かった。今日は本条の気になる202号室をチェックしてみよう。田沼光一の霊もあそこを気にしているのであれば、問題の解決のためには因果関係を見極めたほうがいいだろう」
「こ、怖いけど、でもなんでだろう、私はなんであそこに、すっごく焦ってるんです。私おかしいのかな」
陽菜子は少しだけはにかむと、遠い目をして到着したコインパーキングの外を眺める。
一般人なら自身に生じた違和感の扱い方に困るのも当然だろう。
コーポ荒川と例のマンションに向かう道中。
「本条に分かりやすいように説明する」
「は、はい」
「人間は自らに向けられた全ての刺激を認知し、知覚情報として自覚していると思うか?」
「えっと、生命活動や社会活動に適した情報以外はある意味、無視? というか流しちゃってるんじゃないでしょうか」
「さすがだな。その認識で正しいと思う。だったら、今本条が感じている違和感とは流してしまった刺激を脳が再構成・分析、もしくはその途上にある可能性はないのか?」
「あっ!」
「何か引っかかる、違和感がある。そういった感情を無視せず受け止めておけば、異変を察知できるかもしれない。霊感以外にも人には優れた感性があるのだから」
「せ、先輩ってすごいですね。科学的なものでない情報は切り捨ててきた私だけど、そうですよね人間だからこそ感じられることって、それなりに大切なこと混じってそうです」
本条陽菜子は、キャリア組という枠に縛られず柔軟な思考と感性を持つ人物ということが八神は何よりうれしかった。
優秀なキャリア官僚を一人育成できれば、恩恵を受ける警察官は比例して増えるだろうし、国民への貢献も大きいはずだ。
少なくとも今の八神にはそう思えるほどに、本条陽菜子という真っすぐな逸材に期待をしていた。
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