第55話 13枚目

 「そういえば真由ちゃんと護君は……!? いない!?」


 刃傷沙汰になる寸前まで混乱していたため意識が子供たちまで回らなかった陽菜子と八神は、慌ててトイレや風呂、空き部屋、クローゼットまで探したが見当たらなかった。


 「私たちも探しに行こう。皐月、そのすまなかったな」

「い、いえ。遠くには行っていないと思いますから」


 「コンビニにWi-Fiもらいに行ったのかもしれ……」


 ここで八神の意識が、猛烈だが意味不明の違和感が電撃のように走った。

(なんだこの違和感は、この焦燥感、さきほどの会話の中に猛烈な違和感がある、なぜだ? くっこのビジョンは)


 このとき、陽菜子は妙な眩暈にも似たふらつきに襲われていた。

 一瞬疲労かと思ったが、それは強烈なビジョン、というよりも頭に響く言葉が意識を拡大させた。


【 数に気を付けなさい、あれはなんというものだろう、そこにも…… 】

 

 夢の中であったお姫様が教えてくれた、数。

 陽菜子の脳が猛烈な回転をしたのを、自身で感じた瞬間だった。

 

 「皐月さん! 飯村さんにもらったあのシールって12枚で間違いありませんよね?」


「い、いえ……え? わ、わたしがもらったのは13枚、です。そのあっ! きゃあああああああ!」


 「さ、皐月どうした!」


「わ、わわわ、わたし、取り返しのつかないことを!」


 崩れ落ち、悲鳴と嗚咽が混ざったような声にならない声を漏らしながら、八神の問いかけに答えようと必死だった。


「奥さん! 13枚目 あるんですね! それはどこに!? まだ家にあるんですか? 」


 皐月は「あ、あっ」と必死に首を振った。


「ま、まさか! 子どもたちに!?」

「あっそ、その、まま、まもるちゃんの、そのだいじな」


「ゲーム機に貼ったんですか!?」

「は、はい!」


 「急ぐぞ本条!」

 「はい!」


 「さ、皐月! 一緒にいくぞ!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 八神はもっと細かく確認しておくべきであったと、深く後悔していた。

 あのときの違和感の正体はこれであり、陽菜子がいなければ危機に気づくことすらできなかった。

 何が視えるだ! 

 霊能だ、祓えるだ。

 美冬を守れず、怪我をさせ、あの子たちにまで危険に晒してしまう!


 八神は間に合ってくれと願いながら、大和田夫妻がついてこれないのを知りながら全力で駆けた。

 だただ、隣には本条陽菜子が真由と護の名前を叫びながらついてきてくれている。

 


 ◆◆


 「お兄ちゃん、もう戻ろうよ。あの、やっぱりそのゲームおかしい、真由嫌い」

「うるさいなぁ。だってあんな喧嘩聞きたくない」


 「真由も、同じだけど、良くない感じがしてる」


 夕暮れの残り香が、コンビニ前の通りをさっと撫でていく。


 怪しくなってきた雲行きからは、既に小雨が降り始めていた。


 護はコンビニのWi-Fiに接続して最新のバージョンアップを落とそうとしていた。

 真由は仕方なく兄に付き合っていたものの、兄のゲーム機が放つ気配に背筋が凍り付くような思いをしていた。


 家にいるときは周囲から同じ気配がしていたために気付かなかったが、今ははっきりとわかる。

 兄 護のゲーム機から吐き気を催すような嫌な思いが真由と護に向けられている。

 

「お兄ちゃん、こわいよ、襲われちゃうよ」

「何言ってんだよ。もう終わったって警察の人も言ってたぞ」


 そう言い捨てたものの、突然護の首筋にひやりとしたものが触れた。

「わっ!」と振り向くが誰もいない。


 コンビニのあるこの通りには、人が誰もいなくなっていた。


 駅に近いため人通りも多いはずのこの道路には、人っ子一人いなくなっている。


 護はいつの間にか全身が冷え切っており、ガタガタと震えだしていることにようやく気付いた。

 妹の真由は兄にしがみつくようにしてゲーム機を取り上げようとしている。


 「お兄ちゃん ゲームから手を放して!」

「だって大事なデータがって、うわあああああ!」


 意図せずして、護はゲーム機から手を放した。


 アスファルトに転がる護の青いゲーム機は、動きが止まってからもカタカタと揺れが収まらない。


 べちゃり べちゃり……


 濡れた何かがゆっくりと二人に近づいてくる。


 ハァァァァァ


 低い 腹の底が凍り付くほどの暗く低い女の吐息がすぐそばまで近づいていた。


 いつの間にか夜の闇が広がり、べちゃりとそれは現れた。


 薄汚れた長い髪をした女が目の前に立っている。

 手には血のこびりついた包丁。


 顔は焼けただれ、ひしゃげた顎からは千切れかけた舌がぶらさがるように揺れている。


 護は腰を抜かしていた。

 引きずられるように真由もへたり込む。


 泥だらけのワンピースに、右足が妙な方向を向いている。


 焼けただれた顔の眼窩は暗く、漆黒の穴が二つあるだけだた。


 ニチャぁ


 ゆっくりと粘着質な笑みを浮かべ包丁を持った女は、ゆっくりとその顔を護と萌絵に近づけてくる。


 『 め と ゆび どっちぃぃ? ひゃひゃひゃひゃひゃ』


 護も真由も、声を出せずにただ焼けただれた女を見ることしかできない。


 「た、た、たたた、たす……」


 護は完全に金縛り状態になって 包丁女の前で動けずにいる。

 真由は必死に兄を引っ張ろうとしているが、あまりの恐怖に悲鳴をあげつつも健気にしがみついていた。


 『 ぎめだあああ どっちも、ちょうらあああい 』


 包丁が護の開かれた目に突きつけられる。

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