第54話 解呪


 最初は冗談だと思っていたが、白鷺美冬は有言実行した。


 どこからか持ってきたのか、ある衣装を陽菜子に着せたうえで、お気に入りのスイーツ店の高級プリン、ショートケーキ、シュークリームなどを給仕してもらっている。


 「あ、あの、お嬢様、紅茶のお替りはいかがでしょうか?」

「そうね、いただくわ」


 結界班に所属する白鷺美冬たち巫女5名が、優雅にティータイムを過ごしてる。


 しかも、メイド服姿の陽菜子に抱き着いたり、ほっぺをつっついたりとやりたい放題である。


 「あ~こんなかわいい子がメイド服着てくれているのよ、気力が漲ってくるわあああ!」


 何人かは陽菜子の手を握って頬をすりすりしていたりするが、当人はかなり引き気味ではある。


 「あの、わ、わたしかわいくないですし」

 

「何言ってるのよ! かわいいわよ! もうほんとにかわいくて、内緒でいろんなオーディションに応募したぐらいよ! もちろんすぐに面接来てくれってきたけど、上にばれて断ったけどね!」


「ちょ、ちょっと何してるんですか先輩!」


「偽名だから大丈夫よ! あははは!」


 「転職かんがえようかな……」


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 これまでにないほどに気力が漲ってきた白鷺美冬ら結界班の霊能者たちは、夕方から解呪の儀式を執り行うことになった。


 交代要員として八神と陽菜子はセーフハウスでその時を迎えた。


 父親の大和田健三には事情を話して出先から直帰してもらい、セーフハウス内で解呪を待った。

 真由はあいかわらず陽菜子に懐いていたが、護は八神と一緒にゲームをしたがった。


 「おい、あれほどあの女と娘を近づけるなと言ったはずだが」

「真由ちゃんが懐いているんだからいいじゃないですか!」


 「そもそもお前が変なものをもらってきたのが原因だという自覚がないのか!」


 子供たちが時間を過ごしている間、夫婦喧嘩は時間を追うごとにその激しさを増していく。


 呆れた八神が定時連絡を受けとるため、セーフハウスの外でデータを受信し解呪儀式が終わったことを知らされる。


 本部に連絡を入れると若干忙しいようだが白鷺本人が通話に出てきた。

「無事なようで安心した」

『無事だなんて言ってないってば』


 「おいどういうことだ?」

『あれほどの呪詛、解呪は一応できたけど左手の指が数本へし折れたわよ。このまま病院いってこないと、いったぁ……』

「バックラッシュか」


『くぅ……そうよ、でも解呪は完了したから安心してちょうだい。今から大和田家を徹底的にお祓いするから帰れるのは明日の午後って伝えておいて』


「労災申請のうまいやり方を後で送る」


『何よバアアアアアカ! もっと心配するとか労りのことばかけるとか、お金あげますとか言えないわけ?』


「えっと、その」

『八神の馬鹿にはそんなの期待してないんだからいいんだもんね! はいはい、ちゃんと呪詛シール12枚の解呪は完了しましたよーだ!』


 唐突に電話を切られた八神はしばらく呆けていたが、念のため課長に確認すると既に病院へ移送されたようだ。


 だが、八神は己の怒りがあえて伝わらないように全身の力で耐えていた。

 (白鷺を、美冬を……傷つけたやつらがいる。ゆるせねえ、クソ野郎どもが)


 ひたすらに深呼吸をし、精神を落ち着けるように自身を制御する。怒りのためかしばらく手が震えていたことに自分自身でも気恥しくなってくる。

 

 それはそうと夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、呆れ気味に部屋へ戻るとまだねちねちと夫婦喧嘩を続けている。


 真由は耐え切れなくなったのか陽菜子に抱き着いてしくしく泣いていた。

 護もそんな陽菜子の隣に座ってゲームをしている。

 音を出すと怒られるため、スト8ではなく持ってきた携帯ゲーム機をぽちぽちと虚ろに心ここにあらずといった様子だ。


 「なんだと! 誰のおかげで不自由ない暮らしができてると思ってる!」

「あなただってもっと家族のことを大事にしてください!」


「俺が大事にしていないとでも言うのかあああああ!」

「休みの日にはゴルフゴルフ、釣り、麻雀 接待や付き合いばかりじゃないですか!」


「OB会に失礼があったら出世が吹き飛ぶんだぞ! そんなことも分からないのか!」


 うんざりだと、陽菜子でさえ限界がきそうだったが、とうとう健三が手を上げたことで我を忘れた皐月がキッチンから包丁を取り出してしまう。


「奥さん落ち着いて、落ち着いてください! たったいま解呪が終わったと報告がありました! 終わったんですよ!」


「そうですか、でもこっちも終わりです」


 皐月の目には今まで蓄積されてきた怒りが滲み出ている。


 陽菜子も大和田健三を宥めにかかるが、その怒りは彼女にまで向けられてしまう。


「この薄汚いどこの馬の骨か分からない小娘が! 真由に近づきやがって、そんなゴミが俺に説教か!」


「落ち着いてください!」


 陽菜子に向けられた悪意であったが、そんなものに怒るような段階はとっくに乗り越えてしまっている。


 八神が興奮冷めやらぬ皐月からなんとか包丁を取り上げるが、それでも二人は口論を止めない。


 陽菜子は凶器になりそうな物をテーブルの上から遠ざけながら、八神と一緒に説得にあたる。


 「先ほど解呪が成功しました。かなりの腕利きでしたが呪詛の反動があったようなので二人もそれにあてられている可能性があります。だから引きずられないで気をしっかり持ってください」


 八神がここで呪詛のせいにするという、裏技を披露する。

 実際のところ、可能性は排除できずタイミングも同じなので影響はあったのかもしれない。


 「の、呪いの影響を受けてしまっていたっていうのですか?」


「十分にありえます、なので落ち着きましょう」


 興奮状態にあった二人も、時間をかけ落ち着きを取り戻していく。


 ほっと安堵しつつ、離れた位置に座った2人に対し皐月には八神、健三には陽菜子があえて付き添うことにした。


 さすがに児童養護施設出身を馬鹿にしたためか、健三は罰が悪そうに俯いている。

 とりあえず、居心地の悪さを感じてくれるまでには冷静になったようで一安心な陽菜子。


 八神は皐月に対し、よく思いとどまったと声をかけている。


「こういう時の感情っていうのは、自分でも考えていないような言葉が出てしまうものです。今は呪詛が解呪されたことを喜びましょう。

 明日朝1で結界班、というかお祓いのプロがご自宅を隅々まで除霊、お祓いするのでご安心ください」


「ああ、その言葉を聴けてて安心しました」


 「あの呪詛は、ああいった悪いモノを引き寄せて悪事を働かせる類の呪いも混じっていたため、ご自宅のお祓いは必須になってしまいます。

 ですが根源を断ったわけなので、その後は安心して暮らせるようになると思いますよ」


「本当によかった。新築なのにで引っ越さなければと覚悟していたもので。私があんなものをもらわなければ」


 皐月は後悔のあまり手が震えていた。


 「学校の保護者関連は距離感が難しいので、奥さんの対応を責められる人はいません」


 八神は皮肉を含ませ、健三にこの件で皐月を非難することをに対し牽制をかけていた。


 「分かってる。それぐらいは……」

 「でも反省はしています。もう二度と変なものを家にはあげさせません。もう、自分が情けないです。

 あんなおぞましいものを13枚も」

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