第53話 呪詛

 「ソウルライフマーケット 会員」


 八神の脳が若干の混乱を見せていた。

 (おかしい。これは偶然で片付けられることなのか? たまたま?)


 女子高生連続誘拐殺人事件の容疑者 柴山の両親が熱心に活動していたのもソウルライフマーケットという 霊感商法絡みの会社だった。


 いわゆるマルチ商法系の広告で、人を集めて高額なお守りや水晶玉などを売りつける連中であり柴山を影でサポートしていた実質的な犯罪者集団だ。


 会員が勝手にやったとの立場を貫いて入るが、警察の総力を上げて証拠をつかもうと鮫島らが躍起になっている。


 吐き気がする奴等だが、意外にも信者、会員は多い。

 事業規模も年々拡大しており、公安部が密かにマークしている組織でもあったという。

 しかし彼らがオープンで販売する商品に、該当するシール型の呪符は含まれていなかった。


 あの呪詛はかなり手の込んだプロの仕事だった。


 そして白鷺美冬からの警告では、大和田家の一人一人をターゲットにしている怨恨の根深さがある。


 確実に死に至らしめるための呪法であり、中途半端に手を出してよい代物ではないという。


 事情聴取をしたいところだが、課長からそれは止められている。

 

 時間的にもうそろそろ、結界班総出で呪詛返しの儀式をすることになってはいる。


 これだけの呪法を行使している時点で、相手の呪詛使いは相当な実力者であろうし疲弊しているだろう。


 恐らくだが呪詛返しされた時の被害は凄惨なものになるに違いない。


 「霊事警察は、明確な敵意殺意の呪詛に対して、呪詛返しを行うことを許可されている、としてもだ」


 白鷺ら結界班が例の呪詛シールを回収し、儀式の準備を進めているはず。


 相手に気付かれないように慎重に……


 (待てよ? 


 なぜ気付かなかった。

 組織的な行為ならば監視をつけていてもおかしくない、むしろないほうがありえない。

 白鷺たちが出入りしていれば、呪術的な対抗策を行使してくる可能性は容易なはず。


 呪詛の効力を確認するためにも、観測をしている可能性は高い。


 こちらが呪詛返しの動きを見せたならば、対抗策を!? まずい!)


 八神は慌てて結界班を呼び出す。

 「出てくれ、出てくれ! 誰か出てくれ! ……くそっ! !? そうか本条なら本部にいる可能性が」


 本条に対して出てくれという念を込めながら八神はコールする。


 思いが通じたのか、それとも偶然か、1コールで陽菜子が応答してくれた。

 

 『もしもし本条です』


 「本条! このままスピーカー大音量にして結界班まで走れ! 白鷺を見つけろ! 緊急事態だ! 緊急事態!」


 『了解! 本条今全力疾走してます! 白鷺せんぱああああああい! 八神さんが緊急事態だそうですうううう!』


 まったく本条はこちらが望む以上の行動をしてくれた。


 がやがやと人の話し声や、うるさいと怒鳴られる中、女性の話し声が聴こえてきた。


 『何よ八神! こっちは儀式の準備で精神統一中だったての!』


 「いいか美冬よく聞け! 相手はこっちの動きを監視・察知している! 呪詛返しは 罠だ! っ繰り返す、呪詛返しは罠! 今すぐに呪詛返しを中止しろ!」


『 儀式中止! 全員 厭魅から距離を取って防御! 』


 しばし静寂が続く。


 それは10数秒だったのかもしれないが、八神には10分以上待ったような感覚だった。


 『八神、安心しなさい。儀式は中止よ、でも理由は訊かせてくれるのよね?』


 「ここで話せる内容じゃないな、津村がこっちに来たら交代で俺が戻ろう」


『じゃあ、封印処理もせず霊事警察のヒトガタ保管庫に例の呪物を放り込んでおくわ』

「ああ、プロたる白鷺に任せるよ」


 無事であったことに気づき、八神は一気に力が抜け廊下に座り込んだ。


 「あっぶねえ。やってくれるじゃねえか、ソウルライフマーケット」


 

 厭魅えんみへの対抗策が決定しないまま、夕方を迎えつつある。

 雲行きは怪しく、帰りの天気を気にしている職員も多い。


 「対抗手段がないわけではないの。呪詛は返す以外の方法もあるわ、【 そらす 】、【 消す 】 後は 【 受け止める 】 などがあるわね」


 陽菜子が心配そうに白鷺を見つめながら質問してきた。


 「先輩、【そらす】ことでは解決しにくいんですか?」

「そうね、実はこの中で一番対処しやすいのが【そらす】なのよ。

 でも【そらす】ってことは、何かが呪詛を受けるってこと。

今回は、職員や大和田家のヒトガタを用意してそっちに呪詛を食らってもらうの。

そらすって言葉はいいけど、実際には身代わりを立てるってこと」


 ここで白鷺美冬は軽くため息をしてから、言葉を続ける。

 「この方法は、他に選択肢がない場合のみに使いたいの。なぜなら、多くの霊能者や術者っていうのはペットを飼っていることが多いの。

 【そらす】ことでさばききれなかった呪詛は、ペットに害を及ぼすことが多いのよ。もちろん身代わりとしてたくさん飼育している霊能者・術者というのも結構いるらしいけど」


 「うわぁ えげつないですね」


 「まじできもいわね。今回で言えば、受け止めるはないわね。威力が段違いなので受け止めたら良くて大怪我や大病、再起不能ならまだましなほうで死んでもおかしくなわ。


 なので対抗策は 身代わりに向くことを想定した上での【そらす】か、【消す】になるの」


 「えっと~話ぶりから察するに、【消す】ってかなり難しそうですね」


 「術者の正体が判明しているならそこまでではないけど、今回は難しいわね。まあ私だったらやってやれるけどね」


 「さすが白鷺先輩!」


「そうだ、儀式の前に陽菜子ちゃんの陽の気パワーをフル充電させてもらおうかな」

「え? 私でよければなんでもしますよ」


「ふふふふふ なんでもって言ったわね、みんな聞いた?」

「聞きました!」


「え? えええええ!?」


「ぐふふ これで成功率ばちくそあがるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る