第52話 陸続
翌日 早朝。
八神はやけに表情の強張った鮫島に呼び出されていた。
そこは鮫島が知り合いの所有する雑居ビルの屋上。
警視庁と霊事課オフィスの中間にあるため立ち寄りやすいこともあり、重い足を向けることにした。
「あいかわらずすかした顔しやがって」
「そりゃ朝から鮫島さんの顔を見ればそうなりますって」
「けっ……」
鮫島は医者にやめろと言われていた紙タバコに火をつける。
「ふぅ……こいつは公安の坂上からお前宛ての忠告だ。飯沼聖子の件でTGCコミュニケーションズって小さな広告代理店が情報をかき集めてるらしい」
「聞いたことありませんが、そこまでご存じでしたか」
「本題はここからだ、ソウルライフマーケットの上にあたる組織がもう少しでしっぽを掴めそうなんだが、おそらくTGCはそこともつながりがある」
八神は思わず鮫島からタバコを一本もらおうかと、本気で悩んで思いとどまった。
「思ったより根が深い。というより、根っこが同じってこともありえるかもしれねえ」
八神はこの柴山・戸河里が起こした事件について、自ら考察を進めていたもののやはりぶちあたるのはあれだけの人員を動員できたという組織力と、その組織の目的である。
シリアルキラーの思い通りにさせるためのバックアップ支援組織が犯行の証拠を隠蔽し、捜査をかく乱させてきた。
プラス霊障による電子機器の故障・障害でさらに難航。
全てが計画であったとしたら?
なぜ戸河里の霊を捕まえて憑依させたのか?
そうなると必然的に高位な霊能者や術者、もしくは霊能者集団が関与している可能性が高い。
戸河里のような邪悪な悪霊を使役した目的は何なのか。
考えるだけでブチ切れそうになる頭を、冷やすことを繰り返してきた。
そして鮫島もそれについてはおおよそ理解してくれている。
そこにTGCと官僚を取り巻く人と金の流れ。
「鮫島さんが何を考えているか……俺はあえて言葉には出しません」
「それでいい。心の隅にとどめておけ。それと……俺の誕生日から別れた女房の誕生日を引いた数」
唐突ではあるが、それは鮫島が覚悟の上で伝えたであろう意味を八神は受け取った。
「ところでだが、柴山の両親が自殺した。まだ表に出てはいないし、身元確認に時間を要するだろうが間違いないだろう」
「マスコミの取材を受けていた様子はなかったようですが」
「警察が事情聴取で呼んだが連絡がつかないため、自宅に行ったところ風呂場にフッ化水素を用意してそこにドボンだ。正気の沙汰じゃねえし、そんなことあの夫婦ができるとは思えねえ。俺の勘だが、口封じだろう」
「動き出してますね、根っこの一部が」
「ああ。お前らも気をつけろ。四六時中俺たちは監視されていると思って行動しろ」
「課長に報告しておきます」
初夏の気持ち良い朝とは言えないほどに、日差しはこれから気温が上がることを警告しているようにじりじりと輝いている。
◇
八神が鮫島と別れてセーフハウスの交代に向かっている時、呆れた様子の小林から連絡が入った。
「そいつは御苦労だったな、今度昼飯おごりますよ」
『まったくだぜ、あの官僚様はよ出勤するときの革靴とスーツの組み合わせが違うって怒鳴りまくるとか何様だよ』
妻の皐月と小林たちが宥めてようやく経産省へ出勤していったそうだ。
結界班の白鷺が自作した強力な護符は肌身離さず持ち歩いているらしく、臆病な大和田健三は大事そうにスーツの内ポケットにしまっていたので大丈夫だろう。
子供たちは学校を欠席してもらっているため、小林が差し入れたオフゲーを長男の護は喜んでやっている。格ゲーばかりじゃ飽きるだろうと、陽菜子のPSS5は大活躍だった。
妻の皐月は綺麗好きなのだろう、セーフハウスの中を隅々まで丁寧に清掃してくれている。
まだ数日なのでなんとかなっているが、長期化すれば精神的疲弊は大きいものになるだろうと小林は危惧していた。
ちょうどその時八神がセーフハウスに戻ってきた。
挨拶もそこそこに八神は大和田皐月に声をかける。
「すいませんちょっと確認したいことがあるのですが」
「は、はい」
皐月も何を聞かれるのか覚悟していたようで、ソファへ腰を降ろす。
「あの『お札のようなシール』をくれた飯村聖子さんに関してなんですが、知り合ったというか親しくなったきっかけを教えてください」
「えっと飯村さんはちょうどお子さんがうちに遊びに来たことがあったのですが、忘れ物をしてしまったと夜になって取りに来られたことがあったんです」
「何を忘れたのでしょう?」
「たしかゲームのコントローラーとかだった気がします」
「護君?」
八神は聞き耳を立てていた護に話を振ってみる。
「えっと、うん。みんな自分の好きなコントローラー持ち寄ってやるから。でもブレイド君は乱暴だからあまり遊びたくない……」
「え? ブレイドって言った?」
「あ、うん。飯村ブレイド君。えっと、剣って書いてブレイドって読むんだって」
「そ、そっか」
「ねえおじさんは下の名前、なんていうの?」
「お、おじ……そう、そうだよな。えっと、俺は八神、八神恭史郎だ」
「え、か、かっこいい」
「お、かっこいい? まじで? えっと結構うれしい」
その様子に空気が和み、妻の皐月にも笑みが浮かんだ。
陽菜子が所用で出かけているため、一人で宿題をしていた真由も母の皐月に抱き着いて微笑んでいた。
「ねえ、ボクの名前、一文字で 護 ってなんか、かっこ悪いのかなぁ」
「そんなことないわよ」
皐月が強く否定する。
「誰だそんなこと言った奴は、ってまさかブレイドか」
「うん……」
「まあ俺の名前ほどじゃないが、護も相当にかっこいいと思うぞ。何より意味がいい。
誰かを護るっていうのは、並大抵の覚悟と能力でできることじゃない。
お父さんとお母さんは、誰かを護れるような立派な人間に育って欲しいって思いを込めたんじゃないかな、めっちゃかっこいいじゃないか」
皐月は静かに護の頭を撫でる。
「お兄ちゃんの名前、かっこいいよ」
妹に言われてさすがに恥ずかしくなったのか、護は真由の膝をかるく小突いた。
「話を戻しますが、その飯村家との付き合いはそれから?」
「はい。忘れ物を取りに来たときに手土産のお菓子を持ってくるような丁寧なお方だったので、信頼できるかなと思いまして」
「なるほど、どれくらいのペースで交友関係はありましたか? あっこれは取り調べではなくあのシールの出所を突き止めたいからなんです」
「ありがとうございます。そうですね、週1のときもあれば月1 そういえば、喫茶店でお茶に誘われたときは主人の仕事のことなどを詳しく訊いてきました。ぼかしてごまかしましたが、その二日後ぐらいにパワースポットで有名な神社かお寺で手に入れたお守りだと言って、そのシールをもらったんです」
八神の勘から言えば、飯村は限りなく黒に近いグレーだ。
一度外に出てから連絡を確認していると、増田に頼んでいた情報が届ていた。
「飯村聖子、旦那は遠山電子工業……勤務。出身大学は……高校は東北で、中学……接点は見当たらないな。個別怨恨の線は薄いのか……」
だとすると。
やはり飯村聖子が怪しい。TGCが情報を探っていたこととどう繋がるのか、不穏な好奇心が湧き上がるを自分でも感じてた時のこと。
妻の飯村聖子に関する情報を見て、八神は思わず声をあげそうになっていた。
「ソウルライフマーケット 会員」
八神の脳が若干の混乱を見せていた。
(おかしい。これは偶然で片付けられることなのか? たまたま?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます