第29話 穢れ祓い
八神と陽菜子が品川公園での怪奇現象に巻き込まれてから、一週間ほど経過していた。
あいかわらず陽菜子は穢れのけの字も影響を受けていなかったが、ひどかったのは鮫島だった。
かなり体調が悪かったにも関わらず無理をしていたようで、白鷺の父が念入りにお祓いをした後に数日間検査入院が決定した。
そして八神は白鷺美冬とその父、白鷺大門と共に滝行から帰ってきたところであった。
「八神君、やはり穢れの影響を受けたというよりも、君を守っている存在の怒りを鎮めるといった流れになったよ」
「そうでしたか」
「君に対しての怒りではなく、君に敵意を向けてきた存在に対する怒りだってことは理解してあげたほうがいい」
「誰かは分かりませんが、守ってくれてありがとうございます。ってやっぱり制約で言えないんですよね?」
「言えないわ。こればっかりは」
「じゃあ仕方がない」
社務所で休憩しながら、ここ数日の流れについて陽菜子が報告書をまとめて持ってきてくれていた。
「陽菜子ちゃーん! この温かさ、ああ癒される~」
白鷺にハグされている陽菜子はまんざらでもないった様子だ。
「いい匂いがする~、先輩の使ってる香水って何ですか?」
「後で教えてあげる。でも陽菜子ちゃんにはもっと合うのがあると思うんだ。今度一緒にお買い物いこ!」
「やった!」
白鷺母の出してくれたどら焼きを頬張りながら、美冬と八神は陽菜子からの報告にどら焼きを落としそうになった。
「能代真雪のDNAが検出された? 最初の報告じゃ別人のってことだったじゃないか」
「それが、当初は急ぎで一か所しかサンプルを取らなかったそうなんです。そのあとに、皮膚の特徴を再度確認してようとしたとき……縫合された跡が見つかって」
「なんて奴なの。人間じゃないわ、ってもう死んで操ってるのか……」
「続けますね、科捜研と法医学教室、科警研の協力で切り取られた皮膚の中に特殊な樹脂が発見されたそうです」
「そいつの分析が進めば真っ当なルートで犯人へ繋がるかもしれない」
白鷺美冬は八神と陽菜子を見つめながら、二人は皮膚が現れた事件後に申し訳なさそうに差し出したあの護符について思い返していた。
護符は黒い灰となっており、ケースも熱で変形してしまっている。
かろうじて、穢れは中和できたようだがあれだけ強力な護符を一瞬で灰化してしまう、物理的に干渉する恐ろしさに未だ身震いが収まっていない。
「報告助かった。今日は増田さんと一緒にまた遺体遺棄現場回りをしろと、上から命令があった。監視カメラ映像は復元が進んでいるらしく、他の現場でも見落としがないかを確かめてほしいそうだ」
こうして八神と陽菜子、そしてぽっちゃり増田の3人は3日ほどをかけて全ての遺体遺棄現場を再確認する作業に追われた。
◇
連日の現場周りが続いたことで、オフィスでの業務が多い増田は足の筋肉痛と戦っていた。
「さすがに体力なさすぎだと思うぞ」
「す、すいませ~ん。というかお二人が体力ありすぎるんですよ~」
「私は走るのが好きなんで、それで体力もついちゃったのかも?」
「うわぁそんなセリフ言ってみたいですよ。学校での長距離走とかマラソン大会なんて僕には地獄でしかなかったですから」
「増田さんが疲労している理由の一つは、ほぼ成果が感じられなかったという点も大きいんじゃないですか?」
「それですそれ!」
「ああ、でも分かります。つい期待しちゃいますから」
既に時刻は17時過ぎだったが、増田もこっちに端末を持ってきていたので業務報告をした後に直帰する予定だった。
そこにちょうど白鷺美冬たち結界係と課長たちが帰ってきた。
「陽菜子ちゃん、今済ませてきたから安心して」
「ありがとうございます! 今お茶入れますね」
さっと走っていく陽菜子の体力に既に増田は呆れ気味だ。
「あの稲荷神社を管理している神社に事情を話したら、一緒に来てくれることになってお酒と榊を奉納してきたんで大丈夫だと思うわ」
「そのおかげかもしれませんね、あの動画のノイズがもう少しで外れそうだって連絡きてましたよ」
「このルートで手掛かりが掴めたら、霊的なアプローチの痕跡を気にしなくていいから確実に起訴へ持っていけるな」
「あの、素人質問してもいいでしょうか?」
陽菜子から冷えた麦茶を受け取って飲み干した増田は、心地よさそうに反応を伺っている。
「私? いいわよ」
増田はスマホのメモ帳を開くと、気になっていたことを読み上げてきた。
「僕は霊的なものの存在は信じてるほうなんですが、最初の予想だともっと被害者の人と対話というかこいつが殺したーみたいな話を訊いているんだと思ってんたです。えっと、被害者の霊って今どこにいるんですか?」
増田の質問に、霊事課が静まり返る。
その時間は意外に長く、1分以上皆が言葉をつぐんだ。
「あれ? 何かまずいこと訊いちゃいましたか?」
もしかしたら零が見えるって、口裏合わせみたいな感じなのかなと一瞬でも疑ったことを増田は後悔することになった。
「増田さん、実はそこが今回の核心に触れるかもしれない部分なんです」
八神が辛そうな表情で吐露したことに、増田は想像以上に深刻な事態なのだと身を引き締め身構えた。
白鷺美冬が覚悟を決めて話し出した。
「人は死ぬと一定期間現世にとどまってから上に上がる、つまり成仏という状態になると言われています。
この一定期間がいわゆる四十九日というものですね」
白鷺美冬の美貌と澄んだ声はとても心地よく魅力的で、思わず見惚れていた自分が気持ち悪くなかったかと不安になってしまう増田だったが、美冬は気づくこともなく説明を続けた。
「ですが殺人事件の被害者は、殺された現場や死体遺棄現場にとどまって痛みや苦しみ恨みを訴えたりする方が多いようです。
犯人が分かっている場合はその強い憎しみで憑りついていることも。
……今回の件でおかしいことは、氏名や生年月日など個人が特定されている状態で招魂に関する儀式や術を行えば、かなりの確率で本人の魂を呼び出せるのですが……」
「成功しなかったということですか、全て?」
増田は好奇心が先行し、つい質問してしまった。
「そうなんです。我々の力や修行不足だと言われればそれまでなんですが、今まで何度も成功させてきている霊媒師の人たちが逆に負の念をバックラッシュのように食らってしまい、まだ何人か入院しているような状況なんです」
「バックラッシュて……負の念?」
「あまりに強くて穢れや悪意に満ちた念が邪魔をしている、と私たちは考えています」
「は、犯人て、その、に、人間なんですか!?」
八神は増田の素直な感想に感心した。
「増田さん、それだけやばい犯人ですから何か異常、異変があったら夜中でも早朝でもすぐに俺たちに連絡してください」
「そうですよ、すぐにうちの神社でお祓いしますからね」
「あ、ありがとうございます! うわぁ心強いなぁ!」
「そのときは私もお願いします白鷺先輩!」
「ああ陽菜子ちゃんには必要ないと思うわ」
「えええ!? なんでですかああ! 仲間外れはかなしいです!」
「いえ、そうじゃないのよ。これだけ悪意に満ちた現場にいるのに、陽菜子ちゃんにはまったく穢れのカスすらついていないの。
これってすごいことのなのよ? はっきり言ってしまえば、陽菜子ちゃんの傍にいれば並みの悪霊や悪鬼邪妖の類は近づくことすらできないわね」
「前にも聞いたことがあるんですけど、なぜに私だけ?」
陽菜子がぽかーんと不思議がっているが、こういうところなのだと八神は思う。
「お前はどんな時でも前向きでポジティブだろ?」
「よく言われますけど、普通にしてるだけなんですよね」
そうニコニコしてる姿を見ると、皆が安心した表情になっているのを増田は改めて理解した。
「そういう陽の気ってのは悪いものを寄せ付けず、跳ねのけるんだ」
「どうして私には陽の気があるんだろ」
「それは陽菜子ちゃんの人柄、性格的なもの、そして……これは言わないほうがいいかもね」
「ええ! 気になります~!」
「知らないほうがいいこともある」
「またそうやって脅かすんだから! あっそうだ今日は早めに上がってもいいですか?」
「切り替え早!」
思わず増田が突っ込むも、陽菜子はニコニコと許可を求めている。
「ああ最近キャリア組様を残業させてしまっていたからな、定時でいいよ」
「やった! これでスクリム……ごほんっなんでもないでーす!」
「ん?」
増田が何かを気にしていたが、その日は情報の整理と書類仕事を片付けそれぞれが帰路についた。
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