第28話 八神と戸河里
八神の口から語られる事実に、白鷺美冬は驚愕のあまりソファから転げ落ちたりもした。
課長は冷や汗をだらだらと流しながら、事の重大さに落着きがない。
「私の直感だけど、これは八神だから、八神に対して起きた現象よ。物理法則に干渉してまで起こした現象っていうのは、かなりの恣意的な意志、念が強くなければできないことよ」
「おいどういうこった?」
「あいつなんでしょ? あの肥溜めのような穢れの気配を感じればもう、それしか思いつかない。というかね、あんた気づいてたんでしょ!? かなり最初のほうから!」
「……確証はなかった。俺の霊的能力は白鷺みたいに研ぎ澄まされていないからな、まずは自身の感覚を疑い分析することを日常にしている」
陽菜子は、一瞬どきっとしてしまった。
白鷺美冬が八神の手を握りぽろぽろと涙を流していた。
「無理しないでよ、がんばったら、がんばりすぎちゃったら、あんたの心が壊れちゃうじゃない」
「大丈夫だ。自己フィードバックはできているつもりだ」
「か、課長さんよ、どうなってんだよ」
「八神、説明してあげなさい」
空気が張り詰めていた。
これからもたらされる情報が、どれだけの重みを持つのかが未だ分からないまま鮫島が緊張で背筋を伸ばす。
「鮫島さんに分かるように伝えるために結論から言う。
犯人は 若い男性 容姿は声をかけられた女性がかなりの確率でついていくぐらいなレベルだと思われる。
そして、もう一人」
「も、もう一人だと!? 複数犯だってのか!? シリアルキラーに複数犯はいねえって話じゃねえのか? お前が得意げに教えてくれただろうが」
「ええ、鮫島さんの言う通りです。しかし、今回の場合は違う。
もう一人は俺が、俺たちが知っている男です」
「知っている!? ならすぐにしょっぴかねえと! 次の犠牲者が出ちまうだろうが!」
既に立ち上がってコートを着ようとする鮫島を課長が制した。
「鮫島さん、もう一人とは、
ここで鮫島が崩れ落ちるようにソファへ座り込んだ。
「お、おい……奴は、奴はすでに死刑が執行されてんだぞ!?」
珍しく、いや初めてかもしれないほどに鮫島の声が震えている。
「だからですよ。犯人に憑りついて一緒に犯行を行っているのは、戸河里聖人 で間違いありません。あの手口、鮫島さんだってただの模倣犯とは思ってなかったんでしょ!? だから奴の捜査記録を取り寄せてたそうじゃないですか」
「手口がな、遺体を見るたびに人の仕業とは思えないほどの、漆黒の所業には戸河里の時のような恐怖を感じていた。だから死刑執行が確実にされたことを何度も確認した。だがよ、お前はどうやって戸河里だと分かったんだ!?」
白鷺美冬が八神の手を力強く握る。
「本条も聞いてくれ」
「は、はい」
「俺の両親と姉は、奴によって……戸河里聖人によって惨殺された」
「え!?」
「おい、あの時の被害者に八神なんて苗字はって、そうか! 速水家の……そうだったのか」
「林間学校に行っていたおかげで、俺一人だけ生き残ってしまいました。そして」
八神は上着とワイシャツを脱ぎ、インナーのTシャツをめくりあげる。
腹部に10cmほどの傷跡が残っている。
思わず陽菜子が悲鳴を上げた。
「俺は帰宅してすぐ家族の異変を感じてリビングに飛び込んだ時、帰ろうとした戸河里に刺された。幸いにもというか、奴には時間がなかったらしい。俺の家族を散々……散々」
「もういいの! もういいから! 鮫島さんもういいでしょ!」
白鷺美冬が八神恭史郎に抱き着き、そして嗚咽していた。
「いつも心配ばかりかけてごめん」
「そうよばか!馬鹿! ばかああああ!」
白鷺美冬の体温が心地よい。泣いたことで体温が上昇しているのだろうか、熱っぽい美冬の体が生きていると思わせてくれる。
しばし、沈黙が続いた。
「八神、悪かった」
「鮫島さんが謝るなんて、明日は槍が降っちゃいますよどうしてくれるんですか」
「けっ! あいかわらず口が減らねえ! 嬢ちゃんも大丈夫か?」
「え、えっと。先輩、なんて言っていいか」
「いいんだよ。俺が警官に、刑事になった理由だ」
「八神、現時点で犯人は戸河里に体を乗っ取られていると思うか?」
課長の問いに、八神はしばし悩んだ。
「完全支配はしていないはずです。ですがほぼ戸河里が主導権を握っているでしょう、だからこそ奴は俺に対し能代真雪さんの皮膚を送りつけてきたんでしょう」
「そういうことだったのか。つまり戸河里はお前を認識してるってことなのか!」
「俺の勘ですが、間違いないでしょう。はっきりとした殺意を感じましたから」
応接室をノックして入ってきたのは、浅野と桐原の二人だった。
「課長、八神……さっき鑑識からの報告がこっちにも回ってきました。その……」
課長が目で報告を促す。
「品川の公園で発見された人の皮膚と思われるものですが、能代真雪さんのDNAと一致しませんでした」
「なんだとおおおおお!」
立ち上がって大声を上げた鮫島は、浅野の胸倉を掴んで怒鳴りつける。
「そんなはずあるかああ! もう一回確認してこい!」
「何度も確認しましたよ! 鑑識だって、二重三重に検査した結果が……まったく別人だそうです」
「嘘だろ!? 奴らは、どんだけの力を、発見されていない遺体がまだたくさるあるっているのか!」
警察の敗北。
皆の心を侵食していくどうしようもない焦燥感。
これだけ皆が必死に捜査しても、手掛かりがほとんど掴めず挑発までされている始末。
しかも、犯人は超常的な力まで使ってくる。
逮捕できるのだろうか? 無理じゃないか?
八神の憎しみ、怒りが爆発寸前まで高まり、あの日の光景が惨劇の記憶が呼び覚まされる。
父は拘束され、生きながらに解体されていく妻と姉の様子を見せつけられたあと、同じように解体され殺害された。
八神の精神が音を立てて崩れていくのを、白鷺美冬のぬくもりがかろうじて支えていた。
「とりあえずだ。現場にいった3人。八神、本条くん、鮫島さん、は白鷺君のところでお祓いを受けるように。穢れの影響を馬鹿にしてはいけない」
課長の指示は適格だと八神は思った。ここで部下の心身を優先できるのは優秀な指揮官である証でもある。
「おい、俺もか?」
鮫島が何か文句をたらたら言っているが、白鷺の一言で黙り込んだ。
「今、左胸が痛んでいませんか? 数年前にえっと手術してますよね?」
「な、なんで分かったんだよ!」
「穢れや悪意って、不快な害虫と良く似ていて実際にそういう形をとることもあります。そのような穢れはその人の弱い部分、心のトラウマとか、受けた怪我や手術痕とかに入り込んで侵食し蝕むんです」
「あ、あのその、えっとだな、よろしくお願いします」
素直に鮫島が頭を下げたことが、あまりにも場違いで漫画チックな反応であったため思わず陽菜子は吹き出しそうになってしまった。
「情報を分析したいところだが、課長の指示だしまた世話になるよ白鷺」
「心配かけすぎなんだよばーか」
そう小さく八神の腹に拳を当てた白鷺美冬の頬が赤く染まっていることに、陽菜子の乙女センサーが敏感に反応してしまっていた。
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