第30話 Amputee's Clue



 陽菜子は寮の自室にてヘッドセットをつけ、お気に入りのぬいぐるみを膝の上に置いた必勝姿勢でPC画面に向き合っていた。


 ヘッドセットから聴こえてくるのは、同じチームの仲間たちの気合が入った声。


 『3on3だから、大将はやっぱりブラッディーホープさんでいいですよね!?』

「ちょっとその名前やめてって言ってるでしょ? 私の登録ネームは、さくらほっぺ !」

『大丈夫ですって、俺たちが負けてもブラッディーホープが血祭りにあげてくれますから!』

「おい話聞け!」


 と叫びつつも、陽菜子はこういったやりとりが大好きだった。

 皆もあえて突っ込まれるためにボケてきてくれるのは、これから始まるeスポーツの小規模大会である LAGEファイトのオンライン第一次予選だからだ。


 ストライクファイター8 という格闘ゲームの大会ではあるが、プロ登録していなくても一般参加ができる間口の広い大会のため、陽菜子はネット上で知り合った有志たちとチームを組んでいた。


 正直なところ、ランキングは陽菜子だけが突出しており、他の二人はまだミスリルランクには到達しておらず、ようやくプラチナ帯といったところだ。


 ちなみに陽菜子はトップランクである、マイソロジー<神話>ランクだった。そのゲーム内でたった500人しかなることが許されない正に神話レベルのプレイヤーである。


 顔も明かされておらず並みのプロでも苦戦し負けるという陽菜子は、多くのプロスカウトが来ているもののかたくなにそれを拒んでいる。

 

 ゲームを始めた理由は、オンライン対戦することで自分より強そうな相手が来てもびびらないようにという変わった動機ではあったが、すっかりはまってしまった。

 今ではその界隈ではあまりに攻撃的で常に血しぶきが舞っているようだという解説者のコメントと、キャラ名のほっぺ を英語表記して HOPE をもじって、ブラッディーホープという二つ名が生まれてしまった。


 使用キャラは、ボクサータイプで細マッチョ、今ではどことなく八神に似ているのではと思うようになったキャラクターを愛用している。


 戦い方は苛烈の一言に尽きる。


 待つということをほぼ選択せず、攻撃とフェイントを駆使して追い詰めるアグレッシブなスタイル。

 だがプロの解説ではそう見えるだけで、実際は凄まじい反応速度で固い防御を維持しているためだという。


 この格闘ゲームこそ、陽菜子にとっても息抜きであった。

 

 陽菜子自身は警察関係者だとばれても面倒なので一切配信はしていないが、チームの一人であるバルマーというハンドルネームの大学生が配信をしている。


 そのバルマーから最近妙なコメントが多いと相談を持ちかけられたのは、交流対戦会の一つであるスクリム開始の15分前だった。


 『なんかね、ブラッディーさんに伝えてくれってコメントが多くてさ、直結厨(リアルで異性プレイヤーに接近を試みる人たち)だと思ってブロックしたんだけどなんかスト8じゃない内容でさ、ちょっと不気味』

「わたしのせいでごめんねバルマー君」

『いあいあ! 悪いのはこんなキモコメしてくる奴じゃん! 大丈夫、毎度ブロックで対応してみるから』

「えっと、そのコメントってどういうの? 言いにくそうにしてるから、性的なセクハラみたいなの?」


 『それがさ……えっと、【 私は知っている。ブラッディーホープに伝えてほしい、アンプティーを知りたければ連絡を 】 細かい表現は違ったりするんだけど、毎回こんな内容なの』


 Amputee 切断、切断者 ……


 その意味を知っていた陽菜子は、全身に鳥肌が立った瞬間だった。


 「バルマーくん、そいつの連絡先あったら、えっともうスクリム始まるかな。終わってからでいいから送ってもらえない?」

『いいんすか? 何かあれば俺行きますから!』

「うんありがとう。知り合いにこういうの詳しい専門家がいるから、相談してみるわ」

『専門家が知り合いにいるなんてすげえ! さすがブラッディーホープ!』


 「だから違うって言ってるってば!」


 茶化してみせたものの、陽菜子は自身が冷や汗を垂れ流していることに気づかないほどに動揺していた。

 ぽたぽたと落ちる汗の雫が、陽菜子愛用のレバーレスコントローラーを濡らしていく。

その時初めて陽菜子は汗に気づくが、同時に手が震えている。

 

 何かが迫っている。

 恐ろしい何かが、足音を立てて。

 それは霊なのか、悪霊なのか、殺意を迸らせる人間なのか、それとも……



 「おはようございまーす!」

 やけに元気な挨拶に、お笑い芸人みたいだと佐々木や白鷺に突っ込まれている陽菜子。


 「……」

「八神先輩、挨拶は社会人の基本ですよ」

 

 八神は持っていた書類をデスクに置くと、じっと凝視というレベルで見つめてきた。

 すると背後に白鷺美冬と佐々木、他にも仲良くなった結界課の女性たちまでが勢ぞろいしている。


「昨日あったことを報告しろ」


「き、昨日ってもう業務報告書は出しましたけど」

「そうじゃない、家で、自室か、何があった?」


「ちょ、ちょっと待ってください。わ、私は別に違法なことは何もしてないです」


「それは分かる。だから何があった?」

 ふりむくと皆がうんうんと頷いている。

「ちょっと、コントの訓練でもしたんですか? 何も、ふ、普通の生活を営んデイタだけ……あっ」


 (まずい! 昨日のスクリムで10連勝したのが話題になってたんだ! プロに2先で勝ったけど、時の運もあるし、それだけでクビになったりしないよね? まずい!)


 「焦っているようだが?」

「その、プライバシーのしんがい です!」


「だからプライバシーはどうでもいいんだよ、異変があったように思う。お前の守護霊が助けてやってくれってみんなの枕元に立ったんだよ」


 うんうん 皆が頷いている。

「こわっ! 霊能者こわっ! なんでわかるの!? ってあれ? もしかして……スト8の大会に出ようとしてるのがばれたとかじゃないの?」


「なんだそりゃ? プライベートは公序良俗に反しないよう違法なことをしなければ、お前がどうしようと知ったことか」


「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。少しぐらい心配してくれても」

「だから! 心配してるから朝から雁首並べてこうやって集まってんだろうが!」


 八神の怒鳴り声に、思わず「たしかに」と頷いてしまった。


 「たしかにそうでした! あははは! ごめんなさい!」


 元気よく明るくはつらつに謝る姿には、なんというか苦笑するしかない八神。


 「んで、お前が恐怖を感じた出来事はなんだ?」


「あ……リーサルでボタンミスしたとかそういうことじゃなくて、えっと、やっぱり言わないとですよね」


「いいから早くしろ」


「実は……」


 陽菜子が渋々スト8がらみの知り合いからメッセージをもらったというニュースは、霊事課を騒然とさせた。


 アンプティー を知っている。 という情報。


 今までのやりとりを詳しく聞く限り、陽菜子が警察関係者だとばれている気配は皆無だ。


 さらに、アンプティーは捜査一課がつけている女子高生連続誘拐殺人事件の犯人への俗称であり、所轄などではあまり使われない隠語だという。


 「犯人の情報を知っている可能性があるのだとすれば、ローラーの一環で潰すしかないだろう。ちょうど増田さんも今日はこっちに来てくれることになっているしな」


 「おはようございます」


 なんというタイミングの男なのだろうか。皆に一斉に見つめられ、狼狽し動揺する増田をデスクに座らせ事情を説明する。


 「……連絡先のメールアドレスが分かっていますので、追跡できるはずです……えっと、独立したPCを一台用意する必要があるので、サイバー犯罪対策課に協力をお願いしてもいいですか?」


 「そこまでのシステムが必要なんですか?」

「いえ、可能性として考えられるのがトラップです。アクセスしたときにマルウェアなどを送り込まれる可能性があるので、感染させても問題ない独立した回線とシステムを用意してもらいます。これから手配するので、電話借りますね」


 あまりに手際のよい増田の作業風景に、佐々木が協力を申し出てくれ二人であれこれ準備を始めていた。


 「では本条、あのワードが送られてくる可能性について考えてみてくれ」


「い、いたずらとか?」

「可能性はある。突拍子もないことを言って不安にさせて喜ぶ連中は一定数いる。基本的に誹謗中傷して喜んでいる奴らの予備軍だな」


「なるほど、やっぱり理由が分からないです」


「本条にアンプティーを知っているというワードが送られた件で、最も可能性が高い理由はお前に対して恨みを持つ何者かが、今回の事件で失態を希望して偽情報を掴ませたいと願った可能性だ」


「恨みですか? そりゃ生きていれば知らないうちに誰かに迷惑かけてるかもですけど」


「陽菜子ちゃんを恨む理由なんて簡単よ、キャリア組ってだけで勝手に劣等感膨らませて恨む馬鹿がいるかもしれないけど。でも陽菜子ちゃんにはそういった生霊の類はまったくついてないのよね」


「そうなんだよ。恨み妬みがらみでないとすると……一番考えたくない可能性ということになりそうだ」


「えっとそれって、まさか」


「本物のアンプティーを知っている人間からの内部リーク」


「ひぇ!」


 陽菜子が思わず身震いした。

「陽菜子ちゃんは今日からうちに泊まりなさい。着替えだけ持ってくれば全部そろってるから」

「俺も護衛で世話になるがいいよな?」

「当たり前よ、あんたは護衛で寝ずの番をしてなさい。私は陽菜子ちゃんと一緒にお風呂入ってガールズトークするんだから」

「先輩とガールズトーク! 楽しみです!」


 「ということで課長の許可をもらってくるから、白鷺はあれを準備しておいてくれ。言っておくがお前の分もだぞ」

「はいはい、わかったわよ」


 「バルマーという奴の特徴は分かるのか?」

「いえ実際に会ったことはありません、でもRINEを知ってるので今待ち合わせの約束してます。あっちはなんか乗り気みたいだけど」

「この際都合がいい」


 今回は珍しく白鷺美冬も同行することになり、ぽっちゃり増田は佐々木と一緒にこちら側でナビ役を引き受けてくれる。

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