第47話 シール
今まで霊事課のシステム面を担っていた佐々木は、仕事が奪われて機嫌を損ねるかと思いきや増田の技量に感心し、今では一緒になってシステム構築で議論を繰り広げている。
見た目がギャル系の佐々木と、オタクのぽっちゃり増田は犬猿の仲になりかねないと心配していた人もいたようだが、ふたを開けて見ればなんとストロベリーな展開で浅野などは機嫌が悪い。
「俺たちもセーフハウスで合流してから事情聴取……、小林さんからだ、もしもし?」
『ああ八神か、今セーフハウスへ移動中だが大和田課長様がお目覚めになってな、明日出勤する時のスーツと革靴がないと大変ご立腹で、奥さんから聞いたスーツと革靴の場所をメモで送るから取ってきてほしいらしい』
「分かりました取ってきますよ。鍵は預かってますんで」
『いいのか? 断るつもりだったけど』
「俺が取ってきますよ、小林さんも大変でしょうけど、すいませんが白鷺に応援頼んでみてください。明日出勤てなると強力な護符が必要かもしれません」
『了解だ、無理するなよ!』
「ふぅ……というわけで本条は車で待っていてくれ」
「え? 一緒に行きますよ。私にもメモ送られてましたけど、子供のゲーム機やらコントローラーやらみんなの着替えはバッグに入ってるとか、そういうのは女性の私がやったほうがいいと思います」
「はぁ、そっちは無視しようと思ったのに。だが、もしかしたら」
本条陽菜子があの黒い負の念がこびりついたドアノブを触ろうとした瞬間、さっと避けていた記憶が蘇る。
「だが一つだけ約束してくれ、途中であっても俺が撤退と言ったらすぐに撤退だからな」
「はーい。なんだか分からないですけど、私ここがあんまり怖くないんですよね? 見えないからかな?」
「普段はびくついてるのに、おかしい話だ」
「まったくだ」
首をかしげている姿を見て、すっと心に余裕ができた八神は意を決して大和田家の玄関に向かう。
するとどうであろう? さきほどまで吐き気すら催すほどの穢れがあったにも関わらず、今では普通の何の変哲もない玄関ドアにしか見えない。
鍵で開錠し、今度は靴を脱いで中に入る。
スーツ類は一階のウォークインクローゼットに収納されており、明日着ていくスーツは分かりやすいように手前のハンガーにかかっているという。
「几帳面な奥さんなんだな」
「ですです。ものすごく清掃が行き届いていて、整理整頓されてますね。八神先輩も見習ってデスク周りの整理整頓しましょうね」
「最近、当たりが強い気がする」
「なんのことやら」
追加で取りに戻るのも面倒だと思い、かかっていたスーツ全部の他に、家から退避するときのために用意していた子供用の鞄と着替え類が入ったバッグ。備蓄用品と一緒にあったので防災対策の一環なのだろう。
大和田の奥さん、大和田皐月は非常に細やかで綺麗好き、家の管理は完ぺきに近いという印象だ。
「おかしい」
「何がですか?」
「この家に戻ってから、怪異が起きていない。あちらこちらで視線を感じるが敵意ではなく何かを探しているような、こちらへの関心はほぼないに等しい」
「わぁ、やっぱりいるんだ。やっぱり大和田家の人間を探してるんですかね」
「そう思えるが、だとしたらさらにおかしい。大和田課長はやや強引な一面はあるが、職場では部下の面倒見がよくトラブルらしいトラブルはないという。
プライベート面で恨みを買っている可能性はなくはないが、事務次官レースに残れるほどの人材ならば、それこそ醜聞を嫌うはずだから考えにくい。ないとは言わないが」
「逆恨みってこともありますからね、高校の時もあの子は髪がすごく綺麗ってだけで、天然パーマでくせっ毛の子から恨まれていじめられてました」
「もたざる者の恨みの念は、持っている者には理解できないか。ちなみの俺の友人は天然パーマだが、ひどく明るい奴でみんなの人気者だった」
陽菜子は子供用リュックを二つ抱えながら、周囲をキョロキョロしている。
「私、霊感はないけど視線は感じますね、大勢に見られているような」
「それはある種の霊感って言ってもいいだろう。たしかにいる、10数体の霊がちらちらとこちらを見ているが、興味がないという感じがする」
「なんで興味がないんでしょうね?」
「興味がない、一種指向性を感じるこの状況……そうか、そういうことだったか、一度荷物を起きに戻る」
八神と陽菜子は頼まれた物品を後部座席に放り込むと、再び大和田家に足を運ぶ。
やはり大和田家の人間がいたときのような、苛烈な意志は感じない。
「複数の霊体が狙う対象は大和田家の人間。ここに留まらせようとする害意、しかも下を俯いている奴はいない、探してる、確固たる意志…… ということは」
八神は目を閉じ意識を集中させる。左手を前に出し、周囲を探るようにして異変を感じ取ろうとしている。
左手から伝わる、邪悪なものへの怒気。
ふと、脳裏に浮かんだビジョンは、階段を示している。
廊下の電気をつけ、ポケットからLEDのライトを取り出した八神は階段周辺を照らしながら違和感の正体を探る。
「何してるんですか? ってなんじゃこりゃきもっ!」
「何を見つけた? ってこれは」
陽菜子の視線の先にあったのは、人型の模様の中に無数の梵字で呪文が書かれた黒地に白抜きの字で印刷された手の平サイズな丸型のシールのようなものだった。
「いいか絶対に触るな。専門家の意見を聞きたいところだ」
こうして八神と陽菜子は、大和田家の戸締りをした後、セーフハウスへと向かう。
大和田家は再びに闇に覆われる。廊下を這う音が、誰もいない家に響き渡る。
『 きひひひ、げひひひ、どこだあぁ どごだぁ……ざぶい……ざびじいよおお…… 』
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